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フェル・アルム刻記

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八.

 そんなやりとりが同じ敷地内で行われているとはつゆ知らず、サイファはジルとともに、宮殿の中庭で遊んでいた。
「ジル、教えてもらおうか」
 サイファは、はしゃぎまわるジルに言った。
「え、なんだっけ?」わざとらしく、とぼけるジル。
「まずは、おかけなさい」
 サイファは、庭園の端にある石造りの椅子にかけるよう促し、自らも腰掛けた。
「私のほうは全て明らかにしたぞ。今度はジルの秘密を聞く番だ」
「おいらは別に隠しごとなんかないよ?」
「でも、私にとっては知らないことが多過ぎる」
 サイファは足を組んで、ほおづえを突いた。
「ジルがどこから来たのか、色々な知識をどこで身につけたのか、そして先ほどどうやって玉座の間に入ってきたのか――色々だ」
「あはは、そうだったよね。それじゃあ、話してあげるよ」
 人差し指をあげて、「でも、ちゃんと信じてちょうだいよ?」と、ジルは言った。サイファはうなずいた。
「よし! じゃあ話すね」
 そこでくるりと身体ごとサイファのほうを向いて言う。
「あ、言っとくけど、誰にもしゃべっちゃ駄目だよ? ほんとは秘密なんだからさ」
「分かったよ。国王の名において、誓う」
 サイファは右手を挙げ、誓いのしるしを示した。

「ええと、じゃあ、おいらがどこから来たのか、っていうのを話すね。おいらとディエル兄ちゃん――あ、おいらの双子の兄ちゃんのことね――おいら達二人は、トゥファール様の命令で、いろんな世界にある“力”を集めてるんだ。ま、ほかにも何人か仲間がいるんだけど、おいら達二人は、この世界を見つけ、入り込む偉業を果たしたってわけだ」
「まるで、ジルがフェル・アルムの民でないように聞こえるのだが」
「そうだよ。おいら達は」と言って空を指さす。
「あの空を遙か越えたところからやって来たんだから」
「……そなた、本気か?」
 サイファは疑わしげにジルを見た。
「なんだよう? 信じるって言ったじゃないかよう?」
 ジルはきっと、サイファをにらみ返した。
「まだ続きがあるんだから、聞いててよ!」
 口外無用のはずなのに、サイファに信じてもらおうと、ジルは必死になった。
「――ええと、この世界って、もともとはアリューザ・ガルドっていう世界の一部だったんだ。けれど、この世界はもとの世界から分かれちゃってね。ディトゥア神族ですら入れなくなっちゃってたんだ。でもおいら達兄弟は空間をこじ開けてやって来た。これって凄いことなんだよね!」
「……すまない。何を言ってるんだか、全然分からないんだ」
 ジルの言葉のことごとく、サイファにとって的を射るものではなかった。
「むむむぅ……」
 ジルも腕を組んで唸る。一体どうしたらサイファに伝えることが出来るのか?
「あ!」
 何か思いついたのか、ジルは不意に顔を上げた。
「じゃあ、信じさせてあげる!」
 ジルはにこりと笑って、右手を差し出した。
「何?」とサイファ。
「つかまって! おいらの言ってること、ちょっとは分かると思うから! さあ!」
 ジルは右手をさらに伸ばした。
「ああ」要領を得ないが、サイファは彼の手を握った。
「よし!」
 ジルは目を閉じ、深呼吸を一つ。そして――ジルの口が開いた。そこから発せられた音は耳をつんざくような高音と、響くような低い音。いずれも人の発する音ではないような音が同時に、この少年の喉から発せられた。うねりながら発される二つの“音”は、言語としての意味をなしていなかった。
 “音”が消えていくと同時に、サイファとジルの姿は庭園の椅子から消え去った。

* * *

 その瞬間。
 サイファの周囲の視界は全て白一色に変わった。
 サイファは奇妙な浮遊感を感じていた。空を飛ぶというのはこのような感じがするのだろうかと彼女が思った時、ふとサイファは周りがやけに暗くなっているのに気付いた。明らかに、今いる場所は宮殿の中庭などではない。
(ジルは……どこ?)
 彼女が横を向くと、ジルが得意満面の笑みを浮かべてたたずんでいる。彼女の左手はジルの右手をしっかり握っていた。
「下、見てごらんよ」
 ジルに言われるまま、サイファは自分の足下を見た。そこに足場はなかった。
「ひっ!」
 サイファは悲鳴を上げ、ジルにしがみついた。
「ジ、ジル……? 落ちる!」
「だいじょうぶだよ姉ちゃん。そんなにしなくても、落ちやしないよ。目を開けて」
 言われるままサイファは目を開け、ジルにしがみついてる右腕を少し解いた。
「あ、でもおいらの右手は離しちゃ駄目だよ? おいらの唱えた“法”は、今おいらにしか働いてないから」
 意味が不明ながらも、離すと危険なのだと悟ったサイファは、握った手をさらに握りしめた。
「いててて! そんなにしなくても落ちやしないってば! ……そう、それくらい」
 サイファはジルの身体から右腕を離すと、また周囲を見渡す。どこを見ても何もない。おそるおそる足下を見ると――。
「ここは……」

 遥か下方には、広大な大地が広がっていた。そしてそのかたちは、地図で目にすることのある、なじみ深いかたちだ。
「フェル・アルム……」
 サイファとジルは今、全土が見渡せるほど天の彼方に身体を浮かべていた。
「……こういうの見るとさ、世界を創った神様がいるって、思いたくならない?」
 ジルの問いに、サイファは素直にうなずいた。眼下の光景があまりに雄大で、綺麗で、神秘に満ちていたから。
「おいら達はね、トゥファール様っていう神様の、使いなんだ」ジルが言った。「おいら達はとっても大きな“力”を探して旅をしているんだ。その“力”を手に入れて、トゥファール様に渡すのがおいら達の役目。トゥファール様はその“力”を、全ての世界が存在し続けるための糧としてお使いになる」
「全ての世界?」
「うん。アリューザ・ガルドや次元の狭間、それから神様達が住んでいる世界、全てだよ。人間で言えば命そのものにあたる部分の火を灯し続けるように、世界を護ってるんだ」
 ジルは言った。
「残念ながら、この世界――フェル・アルムだっけ? ――は含まれてないんだけどね」
「どういうこと?」
「この世界は強制的に切り離された世界なんだよ。もとある自然の摂理を無視して、ね。この閉じた世界が存在することはディトゥア達も知ってるだろうけど、どこにあるのかは彼らにだって分からない。おいら達双子がはじめて見つけたんだ。トゥファール様の使いのなかで、おいら達だけが……」
 サイファは、ジルの言葉に魅入られたように、静かに聞いていた。
「本当はね、フェル・アルムは、アリューザ・ガルドに戻らなくちゃいけないんだよ」
 そう言ったジルはどこか寂しげにもみえた。
「戻るって? アリューザ・ガルドに……?」
「そう。それがあるべき本当の姿なのさ。魔法、龍、そして精霊が自然に存在している世界、アリューザ・ガルド。そこに戻れば、サイファ姉ちゃんの疑問も全て解けるのにね」
 ジルが言った。
「さてと。そろそろお城に戻ろうか。……あ、その前に、おいらの兄ちゃんに会わせてあげるよ!」
 ジルはそう言うと、再び“音”を発した。
 サイファは、今し方ジルの言ったことを反芻《はんすう》しつつ、再び浮遊感に身を任せた。
作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥