フェル・アルム刻記
「ええ……でも……」
「ライカよ、もっと自分自身の心を信じることだ。君はこう思っているはずだ。一連の事件でニーヴルは一切関わっていない、と。……しかし、疾風がああも断定する以上、これは単なるうわさ話とは言えんな。裏がありそうだ。デルネアが何らかの意図のもと、噂を流布させている、ということも考えられる。……とにかく。サラムレまでそう遠くないところまで来ているのだから、行くとしよう。サラムレで何かしらの話が聞けるだろうしな」
サラムレ。フェル・アルム中部域に位置する水の街では、どのようなことが聞けるのだろうか? 何より、南部から伝わってきている妙な話とは?
ルードの横にぴたりとライカが寄り添ってきた。心なしか、彼女にいつもの活気がないようにも見える。
「恐いのか?」
ルードの言葉にライカはうなずいた。見上げる顔には不安の色がありありと浮かんでいる。いつもの活発な彼女ではなく、か弱い少女がそこにいた。
ルードは馬上から手を伸ばすと、ライカの手を握った。
「大丈夫だ」
ライカも小さくうなずき、手を握り返してくる。
「……ありがとう」
少し、笑みが浮かぶ。
「……大丈夫」
ルードは繰り返した。ライカと、そして自分自身を励ますように。
焦る心、はやる心を抑えつつも、二人の思いはサラムレへと向いていた。世界に起きている異変を一刻も早く知りたい、という切なる思い。何より、ライカの願いとルードの使命を達成するには、異変を打破しないとといけないのだから。
あとに続く〈帳〉は後ろを振り返る。北方を包むは、とてつもなく黒い空。
(あの空の下はどうなっているというのだろうか? そしてハーン、あなたほどの人物が、どうしたというのだ……?)
ルード、ライカ、〈帳〉。彼ら一行はサラムレを目指す。
馬達もまた、後方の凶兆を恐れるかのように地を蹴るのだった。