フェル・アルム刻記
青年は碧眼でルードを見ると、奇麗な声を発した。優雅さを持ちながらも、シャンピオと同じような優しさを感じさせる――青年の声色は日溜まりを想起させた。
[まあ、そう見えてもしかたないか。僕は護衛を主とする戦士だよ。……あ、もちろんこんな楽器を持ってるわけだから、タール弾きも生業《なりわい》としているんだけどねえ]
どちらかというとゆっくりめに言葉を紡ぐ彼。一見、とても戦士とは思えないが、人は見かけによらないということか。
[すっすみません! ……あ、俺はルード……ルード・テルタージ、って言います]
[ああ、べつにいいよ、そんなに気を遣わなくてさ。時々自分でもどっちが本職なのか分かんなくなるからね。……ルード君、だよね。僕はティアー・ハーンというんだ]
[ええと、……ティアーさん?]
[ハーン、でいいよ。そっちのほうが名前なんだよ]
[それってさ、本名なの?]
[姓が後につくなんて変わってる、ってよく言われるんだよ……実際めったにいないだろうしね]
奇妙な名前を持つ若者は悠長に答えると、またタールを弾きはじめた。ハーンの指はタールの弦の上を滑らかに動く。楽器自体もよく見かけるものに比べると弦の数が多く、大きい。何より、細長い板のような奇妙な形をしている。本来それは座して演奏するものなのだろう。素人目でも使いこなすには相当の修練が必要なものだと分かる。
そしてタールから奏でられるゆったりとした美しい旋律は、ルード達を魅了した。音色に惹きつけられたルードとシャンピオは話すことも無く、音の波の中に身を委ねるのだった。
ケルンの家に着き、彼をベッドに寝かせた後、三人は祭りの中に戻ることにした。
ルードはシャンピオの旅の話を、そして不思議な感じを抱かせるハーンの話をもっと聞きたい、と彼らに告げた。もちろんシャンピオ達はそれを喜んだ。
[おお、俺もお前と話がしたいと思ってたとこなんだ。……しかしだなぁ、俺らと話していたら、朝までかかっちまうかもしれない。そんな長い話を何もなしじゃあもったいない。……だからお前も……]
[俺も?]とルード。
[酒を飲め!]シャンピオはにいっと笑ってルードを見る。
[……ちぇ、しようがないなあ……分かったよ!]
ルードが言うと、シャンピオはぽん、と彼の背中を叩く。そして三人は火を囲む羊飼い達の輪に入っていくのだった。
ミューティースら若者の演奏するフィドルや笛にあわせて、ハーンはタールでさまざまな和音を重ねていく。その横で杯を持ちながら語りあうルードとシャンピオ。音楽や喧騒は夜になってさらに大きいものになっていく。
春の祭り。
それは一年の始まりの祭典。
羊飼い達はそれから何を感じるのか。ルードはシャンピオやハーンの話から何を得るのか。
赤々と彼らの顔を照らし出す炎は、自らの火の粉を星空に放り上げるだけだった。