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フェル・アルム刻記

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§ 第二章 邂逅、そして



一.

 ルードはベッドの中で寝付けずにいた。先ほどのガザ・ルイアートの輝きが、鮮烈にまぶたに焼き付いているからだ。それだけではない。あの輝きは、この世界の何らかに対して警鐘を鳴らしていたのではないか。
 何のために?
 そんなことを考え始めると、眠りにつこうとしていた頭がにわかに働きだし、答えの出ない思考の迷宮をさまよう。
 しばらくひとり悶々としていたルードだったが、がばりと起き上がった。手探りでランプを見つけ、灯をともして机に置く。
 カーテンを開けると、まだ空は尋常ならざる闇に覆われている。禍々しい夜。ここ数日、星の輝きを見たことがない。
(星なき暗黒か。ハーンがこれを恐れるのも分かるよな。この空は……何かとても、いやな感じがする)
 虚ろな空を嫌って、ルードはカーテンを閉じると椅子に腰掛けた。
(さて、どうしようかな……〈帳〉さんに訊いてみようか?)
〈帳〉もライカも眠っているに違いない。しかし聖剣の輝きが何か重要な意味を持っているのではないか、と思うにつけ、いても立ってもいられなくなる。ルードはランプを片手に部屋を後にしようとした。

 その時。あるイメージがルードの頭の中を駆けめぐった。図書館、一人の女性、そして――。
(ハーン!?)
 ハーンが苦悶する表情が映り、すぐに消えた。まるで闇の中に消え失せるかのように。
 ルードは立てかけてあるガザ・ルイアートをつかみ、部屋を後にした。今のイメージで、彼の抱いていた疑念は、一つにまとまった。
(ハーンに何かあったんだ!!)

 ぎしぎしと音の鳴る板張りの廊下は暗闇に支配され、けして気味の良いものではなかった。ルードはその不気味さを払拭するように、大股で〈帳〉の部屋に急いだ。扉の前に来たところで躊躇《ためら》うものの、こんこん、とノックを繰り返した。
 やがて部屋の中で、がさがさという物音のあと、
「だれか?」
 と、〈帳〉が問いかけた。
「……ルードです」
 かちゃりと扉が開き、〈帳〉が顔を出した。
「何があったというのだ……。まぶしい……」
 〈帳〉は右手でランプの光を避けつつ、起き抜けのくぐもった声で言った。
「あ、ごめんなさい」ルードはランプを後ろ手に持ち替えた。
「実は――」
「待ちなさい。ここでは声が響く。入るがいい」
 〈帳〉はそう言って、部屋の奥に引きこもった。ルードは続いて、〈帳〉の部屋の中へ入っていった。

「……そうすると、ハーンの苦悶に呼応するように、聖剣が光ったのではないか、と、そう言いたいのだな?」
 先ほどの一件をたどたどしく語ったルードに対し、〈帳〉は明快に言葉をまとめ上げた。
「そ、そう! そういうことなんですよ」
 ルードは剣をちらと見る。
「……でも、空が真っ暗になってさえ、こいつは反応しなかったのに、ハーンに対して反応するなんて信じられますか? いくら前の持ち主とは言っても……」
「考えられることだ……」
「え?」
「……何でもない」
 〈帳〉は腕を組み、ルードから目をそらすと、調度が並ぶ壁に目を泳がせた。
「いずれにせよ、ハーンが実のところどういう状態にあるのか、調べたほうがいいな」
「調べるって、どうやってですか?」
「私とて、魔法使いの端くれだ。術が使えるハーンとであれば、きわめて微弱ながら意志の疎通が出来る。彼がどのあたりにいて、無事なのかどうかぐらいはな。もっとも……」
 〈帳〉は再びルードの顔を見た。
「もっとも、今は無理だ。フェル・アルムの夜は“混沌”に支配されつつある。魔法を使えば、何らかの悪影響が出るやもしれない。下手をすると、私自身が闇にとらわれるかもしれないからな。かつての私であれば抑圧出来ただろうが、今の私では無理だ」
 自らの無力さを呪うかのように、かつて“礎の操者”と呼ばれていた魔導師は弱々しく言った。
「でも、〈帳〉さん。朝になれば術を使えるんでしょう?」
「それは問題ない」
「じゃあ、明日の朝まで待ちますよ。それでいいのでしょう?」
「ああ。夜が明けたら、さっそく術を行使してみる」
 それを聞いたルードは椅子から立ち上がり、剣とランプを持って戸口に下がった。
「俺、待ってます。……すみませんでした、こんな夜更けに起こしちゃって」
「なに、気にすることはない。むしろ話してくれてありがたいと思っている」
 〈帳〉は目を細めた。
「ルードよ。強くなったな」
 二ヶ月前、漠然たる不安に苛まれていた少年の面影はそこにはなかった。
「〈帳〉さんだって、ここに俺達が来た頃よりも、ずっと生き生きして見えますよ!」
 ルードは笑って言い返した。
「まあ、でも〈帳〉さんに話したら、胸のつかえが取れちゃったみたいです。とりあえず眠りますよ。お休みなさい」
「お休み。……ああ、ちょっと」
 呼び止められたルードは首だけ〈帳〉のほうを向けた。
「ことによっては、さっそく明日、旅立つかもしれない。準備だけはしておいたほうがよい」
「ハーンの返事を待たずに、この館を出るってことですか。ハーン、多分まだスティンには着いてないと思いますよ?」
「そうだ。ハーンの苦悶が聖剣の反応と関連があるのなら、急ぐ必要があるやもしれぬ……。しかし、とりあえず今は休むといい」
「分かりました」
 ルードは一礼をして、扉を閉めた。

 椅子にひとり腰掛ける〈帳〉は、やおら立ち上がり、ランプの灯りを消した。
「まさか、そのようなことはあるまい、と思ったのだが……。剣の持つ闇に捕らわれたか? ハーン……」
 〈帳〉はかぶりを振った。あの程度の闇の波動であれば、自らの力として難なく使えるはずだ。
(それにしても、ルード……。『生き生きしている』……か)
 先ほどのルードの言葉を思い出した〈帳〉はふと、ほくそ笑んだ。
(不思議なものだ。彼らに出会ってから、明らかに私は生活自体を楽しんでいる。今まではただ、死んでいないに過ぎなかったこの私がな……)



作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥