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フェル・アルム刻記

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「こうして、忌々しき“力”は消え去り、アリューザ・ガルドから脅威はなくなった。だが、長年の隷従によってアズニール王朝は弱体化し、ついには崩壊してしまうのだった。アズニールが崩壊したことで、各地の諸候はお互いを牽制しつつ、新たな国を興した。だが、やがてそれは戦争という新たな悲劇を生み、“混沌”の脅威の爪痕が未だ残る中で、数多くの命が失われていった。それを見て、私はさらなる悲しみに包まれた。
「そんな折り、デルネアが驚くべきことを私に告げた。たった一つの王国を創り出そう、とな。私はアリューザ・ガルドという広大な土地を、一国が統べることの恐ろしさを十分知っていたから反対した。そうするとデルネアはこう言ったのだ。『ならば、我らの手のみで完璧に制御出来る、小さな世界を創ってしまえばよいのだ。我らを統括する神も、生活を脅かす異形の生物も、魔導すらも存在しない一つの世界を創り、その変化のない永遠の平穏の中で人が営む――これこそが理想郷だ』とな。“閉塞されし澱み”で、デルネアは大地を切り離すすべを知ったらしい。『多大な悲劇を、痛みを知っている我々だからこそ、そんな世界が創れるのだ』デルネアはそうも語った。
「私も、クシュンラーナも、もはやこれ以上の悲劇は見たくはなかった。私達は、デルネアの言う理想郷に全てを賭けてみることにした。ある空間をアリューザ・ガルドから隔離し、閉じた世界を作り上げて統治する、ということ。それが、アリューザ・ガルドの現状から逃避する、ということを意味するのも知りつつ」
 〈帳〉はそこまで語ると、再び自分の席に腰掛け、大きく息を吐いた。
「はあ……」

 〈帳〉の、そしてルードとライカのため息が、薄暗い部屋にやけに大きく聞こえるようだった。うつむいている三人を後目に、ハーンはぱちり、と指を鳴らし、術による光球を天井に掲げた。暗くなった室内にぼうっと明かりがともる。
「そうすると、このフェル・アルムを創ったのは……あなた達だっていうんですか?」
 最初に顔をおこしたルードは、どう反応していいのか分からない、と言ったふうに戸惑いながらも〈帳〉に訊いた。
「左様。歴史に謳《うた》われているように、“神君”ユクツェルノイレが生み出した王国ではないのだよ。あれは我々……いやデルネアが、統治する際に作りだした幻想でしかない。友人に敬意を表してな」
「え?! じゃあ、嘘なんですか!?」
「そう、嘘だ」
 間髪入れずに〈帳〉が答えた。
「覚えておくがいい。フェル・アルムには“真実”と呼ばれる“嘘”がそこいら中に転がっていることを。唯一の神、大地神クォリューエルは存在しない。アリューザ・ガルドから隔離させ、新天地フェル・アルムを創り出したのは、神君ではない。我ら三人だった……」
 〈帳〉はひとり目を細め、天井に浮かぶ光球をしばし見つめた。その瞳は哀しげであると同時に厳しく、自分の過去を咎《とが》めているようにすら思えた。

「西方大陸《エヴェルク》の最西端――そこは“魔導の暴走”と戦乱のため、難民が多数住み着いた広大な大地だ。我々は、理想郷を築く地をここに決めた。デルネアは自分達の計画を難民に伝えた。難民達も救いを求めて、我らの行いに賛同した。
「それから数年が経過し、我々の理想郷――“永遠の千年《フェル・アルム》”世界の構築の準備も整い、いよいよ実行に移す時がきた。これまでにない大がかりな術の儀式が執り行われる。術が完成したその時こそ、フェル・アルムは新たな一つの世界として存在するようになるのだ。幾人かの魔導師達が、野外に設置された魔法陣を取り囲み、その中心に私とクシュンラーナが座し、儀式は始まった」
 そこまで言った時、帳は顔をしかめ、少々のためらいをみせた後に言葉を続けた。
「……私とクシュンラーナは、苦しみをともに味わううちに、いつしか惹かれあい、愛し合うようになっていた。フェル・アルムが創造されたその時は、権限をデルネアに任せ、私達は夫婦となって慎ましやかに暮らしていこう、と誓い合っていたのだ。……しかし――。
「しかし、私達のその夢はフェル・アルム創造の瞬間に、残酷にも消え去ってしまった。儀式が完成し、私が呪紋を空に描き終わった時。ついに空間が隔離し、転移の術は発動したのだ。だがそれと同時に、予期せぬ強大な反動力が働いた。かたちを持たぬ“力”が我々に襲いかかり、幾多の者が衝撃のため吹き飛ばされて空間の狭間の餌食になり、“力”に直撃された者は跡形もなく消え失せてしまった。……そしてクシュンラーナも同様……。術の行使に力を使い果たした私にはなすすべなく、目の前の悲劇を見続けるほか無かった。それはかつての悲劇――魔導の暴走を思い起こさずに入られないものであった。
「かくして多くの犠牲のもと『理想郷』フェル・アルムは完成した。だが、愛するクシュンラーナを失った私にとって、もはや理想郷などなんの意味も持たなかった。私は彼女を失った悲しみにくれるあまり、何も考えられなかった。全ては絶望のみ」
 〈帳〉は、一同を見渡す。〈帳〉の背負う、あまりにも大きな過去の悲劇。ルードとライカには、語る言葉がなかった。
「幾日かが経って、私は自分の身体に起きた変化に気付いた。失ったものは片目の視力と、それまでの私を魔導師たらしめていた膨大な魔力。得たものは……けして老いることのない身体。創造者として、術の発動者として、この身体が朽ちるまで永久に世界を見続けること。それが今なお私の使命であり、与えられた罰なのだ。
「次に私は、人々の変容に気付いた。何万に及ぶ民全てが、それまでの彼らではなかったのだ。地べたに力無く座り込み、だらしなく口を開け、時折うめき声を上げている。天を仰ぐその目は虚ろでなんの感情も表さない。なんと恐ろしいことだろう! 異様な光景を目の当たりにした私は、自分の為したことの恐ろしさをひしひしと感じたのだ。だが、魔力を失った私には、彼らに対してなすすべがなかった。私は彼らのもとから逃げ出した。
「それからどれくらいの時が経ったのか、私には見当がつかない。狂人と紙一重となった私は、薄汚れた古城の前にたたずんでいるのに気付いた。私はこの場所を安住の地とし、疲れ果てた心身を癒すこととした。広野の中に人知れず在る古城――それこそがここ、〈帳〉の館なのだ。

「さて……話が長くなってすまないと思っている。これまでの話は、過去の歴史の説明に過ぎぬ――真実の姿ではあるがな。だが、ここからが重要なのだ。空虚な世界がどう変容したか、そして……今後、私達がどうすべきか」
 〈帳〉は言葉を切った。
「なんか……話が大き過ぎて……はっきりとつかめないんですけど……今までのだって……」
 ルードが困惑気味に言った。
「なに、今ここで全てを理解するのは無理だろう。だが、我々には時間がある。〈帳〉の館の中で、ゆっくりと分かっていけばそれでいいと思う。自らの中で反芻《はんすう》しつつ思慮を深めていけば、あとは時を経るにしたがって分かってくるだろう」
「そうそう、今無理に詰め込むことはないって。僕は歴史の流れをつかんでいるからさ、分かんなけりゃ答えてあげるよ」
 〈帳〉の言葉を受け、ハーンが朗らかに言った。

「さて――」
作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥