小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

フェル・アルム刻記

INDEX|177ページ/182ページ|

次のページ前のページ
 

「海……か? こうしてみると、やっぱりでっかいんだな! スティンから見るシトゥルーヌ湖も大きいもんだと思ってたのに、それすらちっぽけに見えてくるなんてさ……」
「そう、海。もちろんそれもそうなんだけど……見えるかなあ? 僕の指さす先のずっと向こうだよ」
 ルードは目を細め、食い入るようにして凝視した。延々と続く海の彼方――そこにあるものを目にした時、ルードははっとなってハーンに振り向いた。

「……!! まさか――俺達はとうとう……」
 ハーンはにっこりと笑ってうなずいた。
「僕達がいるのはフェル・アルムの上空ばかりじゃない。還ってきたんだよ。アリューザ・ガルドにね!」
 ルードはライカと顔を見合わせ、そして――。
「やったぞ、ライカ!」
 ルードは破顔してライカに飛びついた。ライカは一瞬驚くものの、ルードと顔を合わせ笑いあった。
「見ろよ! とうとう俺達はやったんだ! ほら、ライカ……俺達は今、アリューザ・ガルドを見てるんだぜ!」
 ライカから離れると、興奮冷めあがらぬままにルードはまくし立てる。そしてルードとライカは視界に入るもの全てを見ようと、再び周囲をぐるりと回った。

 広大な青い海。やがて海は陸地へと繋がり、その彼方にちらりと見えるのは、雪をいただいた高山。そこがライカの故郷、アリエス地方というところなのかもしれない。
 目を右へと転じると、トゥールマキオの森など比べものにならない大森林が見えた。エシアルルの住むというウォリビア、アブロットの二大森林であろうか。その森の奥、うっすらと雲が覆っており見渡すことは叶わないが、ライカが語ってくれたようにあの雲の向こう側には、バイラルが築いた国家があるのだろう。ルードはまだ知らぬ世界を目の当たりにして身震いした。
 なんという大きさなのだろう! このような美しい世界の中で、人は歴史を紡いできたというのか。

* * *

「あれ? なあ、俺達、だんだんと落ちてやしないか?」
 先ほどから人の歩く速さ程度ではあるものの、ゆっくりと球が降下していくのにルードは気付いた。
「……この球体を作ったジルがアリューザ・ガルドからいなくなり、もといた世界に戻ったからだろう……」
 憔悴しきった声を放ったのは〈帳〉だった。
「〈帳〉さん! だいじょうぶですか?!」
 〈帳〉は首を縦に振るものの、その顔色は青白く、生気が失せているかのようだった。
「……私の持てる魔力全てを注ぎ込んだのだからな……もうこのような大魔法を行使することもあるまいが……」
 ルードは心配そうな表情を浮かべるが、それを見た〈帳〉は、それでもかすかに口元をゆがめ、無事であることを伝えようと笑ってみせた。
「……そうか……還元のすべは発動したのだな……」
 〈帳〉は周囲を見渡し、そしてやや翳りを落とす。
「発動と引き替えに、もう一方の目をも失うのかと思っていたが、景色を目の当たりにしているというのは、私に災厄は降りかからなかった、ということか」
「ディエルが反動の力を押し返してくれたんでしょう。フェル・アルムの人々も無事だと思いますよ。……僕達が為そうとしたことは成功したんです」
 ハーンは努めて朗らかに、〈帳〉に語りかける。
「見てください〈帳〉さん! ほら、わたし達はアリューザ・ガルドに戻ってきたんですよ!」
 ライカもまた、喜色満面に浮かべつつも、一方では球が降下しはじめているのに不安を感じているようだった。彼女は未だに翼を広げているようで、時折きらりとした粒子がこぼれ落ちるのだった。
「ふふふ。ライカ。球が降下してるからって、そうおっかなびっくりしなくても大丈夫だよ。まさかジルもこの球の効き目がなくなるような、やわなことはしていないだろうしさ」
 ハーンが言った。
「そりゃあ、わたしだってジルの力を信頼してないわけじゃないわ。でも、念には念を入れたほうがいいでしょう? だからわたしは翼を広げてるのよ」
 ライカは誇示するかのように自らの翼を現すと、大きくはためかせて空中を舞ってみせる。そのさまはいかにも心地よさそうであった。
「それにね。フェル・アルムでの色々なことを通して、“絶対”なんてことは絶対にないっていうのが分かったの」
 蝶のようにふわりと周囲を飛び回りつつライカは言った。
「へええ。上手いこと言うね!」
 ハーンはライカの言葉がいたく気に入ったようで、自分の口から反復した。
「あのあと――デルネアはどうなってしまったんだろう?」
 ルードは思い出したように言った。
「……彼はトゥールマキオの森とともにあるのだ……」
 〈帳〉はそう答えると、それ以降口を閉ざした。
 球体はゆっくりと降下し続ける。それにつれ、寒々とした空気がだんだんと暖かくなる。遠方の風景は徐々に霞んで見えなくなり、その一方で眼下に広がる景色は輪郭を鮮明にしていく。
 そして――ついにルード達は地面へと降り立った。

 ここはアリューザ・ガルドの大地。
 フェル・アルムという世界、“永遠の千年”とうたわれた世界は、もはや無い。
 ただ、人々の記憶に刻まれるのみ。

* * *

 足下が大地に触れると同時に、球はしゃぼん玉が割れるかのように、ぱちんと小さく音を立てて割れた。
 降り立った場所は断崖だった。潮の匂いが鼻につく。
 すぐ目の前には見渡す限りの海が広がり、波は規則正しく音をあげて岸壁に打ち付けている。
 だが、この辺り一帯の絶壁に、ルードは不自然さを覚えた。
 岩肌が露出しているところもあれば、樹木が不自然に海面に向かって突きだしているところも、土砂が崩れ海面にぼろぼろとこぼれ続けているところもある。まるでつい最近、地面が丸ごとえぐり取られたかのようなのだ。ルードは興味深そうに周囲を眺める。

「ここは、トゥールマキオの森の入り口。ここから先には、うっそうとした森があったのだ。ほんの先ほどまでは、な」
 〈帳〉は大きく息をつくと、がっくりと力なくひざまずいた。トゥールマキオの森は消え失せてしまった。フェル・アルムの還元に際して、森の持つ全ての力が解き放たれたのだろう。
「デルネアは……再び空間を閉じ、彼は未来永劫あの空間から出ることはない。トゥールマキオの大樹とともに、彼は永遠にも等しい時間をひとりで紡ぐこととなるのだ……」
 〈帳〉はそう言うと同時に、突如地面に伏せて泣き崩れた。感情をひた隠しにしてきた〈帳〉は、ここにいたって堤が決壊したかのように自らの悲しみに襲われたのだ。
 〈帳〉はひとしきり泣いたあと、涙に濡れた顔を起こし、本来は目の前に広がっていたであろう森に向かって言った。
「なぜ! なぜ私ひとりだけがおめおめとアリューザ・ガルドに戻ってきたというのだ! かつての仲間達を失った私には、もうすでに残っているものなどない――デルネアとともに、あの地に残るのが罪人たる私の望みであり、責務であったのに、それすら果たせなかったとは!」

 ハーンは〈帳〉に近づき、真正面から彼と向き合った。
作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥