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フェル・アルム刻記

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五. 戦いの行方

 ルードは、今し方割れたばかりの断崖に落ちないように気を配りつつ回り込むと、再びデルネアと対峙した。両者が剣を構えると、互いの剣は火柱をあげるがごとく、光を放つ。
 そして。ルードとデルネアは申し合わせたかのように同時に動いた。両者が近づくにつれて剣は光を増し――激突。
 きぃん、きぃ……ん、と。剣が合わさるたびに、高らかに叫び声を放つ。それは金属が合わさる際の刃音のみならず、剣そのものが歌い上げる、この戦いへの賛歌であった。
 今度の戦闘は、無心そのもの。両者は純粋に剣の技のみによって自らの勝利を勝ち取る姿勢だ。正確な息遣いと、剣の咆哮のみが、音の全てとなり周囲を支配する。空気は、まるで二人の回りにしか存在しないかのように凝縮する。
 何合も何合も。お互いの剣はうち合わされ、交わった。
 ルードは剣を振ることのみ意識を集中していた。彼が抱くのは恐れでも戸惑いでもなく、やはり無心。次にどう動くべきなのかと頭で考えるのではなく、体が自然に動く。ガザ・ルイアートは今や、主人の思いそのままに動き、そして助けてくれるのだ。常人では御しきれないほどの多大な“力”がルードに流れ込むが、聖剣所持者たるルードは、その比類無き“力”をおのがものとし、畳みかけるようにデルネアに攻撃を仕掛けていった。

 どれほどの時が経ったろうか。ルードは、剣の発する音がそれまでと異なっているのに気付いた。ガザ・ルイアートは相も変わらず高揚した鬨《とき》の声を発しているのに対し、“名も無き剣”は音が途切れ途切れとなってきている。ルードは標的を決めた。
 狙うは、名も無き剣のみ。デルネアが剣を落とせば、デルネアの敗北が決まる。全てはそれからだ。還元のすべを、デルネアの口から聞き出さねばならない。だが“名も無き剣”の力が衰えてなお、両者の“力”は互角である。いや、剣技のみ言及するのならばデルネアが圧倒するのに変わりはない。
 デルネアの剣先がぶれるように動く。が、これは明らかに見せかけの攻撃だ。ルードは誘いに乗ることなく、一歩間合いを外した。デルネアは意外そうな表情を浮かべ、しかし彼も一歩身を引く。わずかな隙を空けて、両者は対峙する。その場所から少しでも踏み出せば、再び戦いが繰り広げられるだろう。
 ルードが見据えるのはデルネアのみ。無心を崩したほうが負ける。勝負は、次の一撃で決まる。
 凝り固まった空気の中、両者はお互いの出方を睨んでいた。

 そして、デルネアが動いた!
 ルードは冷静にデルネアの太刀筋を読みとると、自らも一歩踏み込んでいく。
 デルネアが狙いをつけたのは、ルードの心臓のみだと知れる。デルネアは大きく突きを繰り出してきた。彼の右腕が大きく伸び、ルードの心臓目がけて剣が襲いかかってくる。
 ルードは心の中でうなずき、意を決して剣を大きく薙いだ。すでに攻撃を仕掛けているデルネアは、避けることなど出来ない。刃は確実に、デルネアの右腕に当たるだろう。
 ついに、鈍い音が伝わった。
 ルードは、その瞬間をつぶさに見ていた。聖剣の刀身がデルネアの右腕をがっちりとらえ、断つ!
 ルードは勝利を確信した。
 しかし、それも一時。ルードはデルネアの執念を思い知るのであった。デルネアの右腕は、切断されたにも関わらず、さらに伸びてくるのだ! それはデルネアの勝利への執着ゆえか。まるで右腕そのものが生を得ているかのように剣を握ったまま離さず、ついにルードの胸元をとらえた。
 ルードは為すすべなく、自分の胸板にずぶずぶと剣が埋まっていくのを感じていた――! デルネアが生んだ、狂気じみた執念の凄まじさによって、とうとう剣の柄までが胸に埋め込まれ――ようやくデルネアの右腕は力を失い、剣から離れると、ぽとりと落ちた。

「がぁああっっ……!!」
 そのあまりの激痛に、ルードは苦しみもがく。
 剣は胸を貫通しているのだ! 早く剣を抜かなければ!
 癒しの力を持つとはいえ、出血がひどければ命を落とす。何より、体をまっぷたつに割くようなこの激痛には耐えられない。弱々しく呻いていた“名も無き剣”は今や刀身から蒼白い闘気をほとばしらせ、ルードの体内を蝕んでいるのだ。
 ルードは呻きながらも、埋め込まれた剣の柄に左手をかけると、抜こうとする。が、焦るあまりに剣はいっこうに抜けない。自分の背中と胸元を濡らしているのが、自身の血しぶきであるのをルードはようやく認識した。
「……っ!」
 肺から息が漏れているためか、もはやルードは声を出そうにも音すら出てこない。代わりに喉からのぼってきたのは、大量の血だった。
 早く剣を抜かなければ!
 焦りは増幅するのみ。ルードは両手を剣の柄にかけるが力尽きて、ついに倒れ伏した。どろどろに腐った土の匂いと、なま暖かい血の匂いがルードの嗅覚をとらえるが、嘔吐感に襲われたルードはさらに吐血し、目の前の地面をどす黒く染めた。
 デルネアが近づいてくる。今の彼がどのような表情でルードのもとにやって来ようとしているのか。絶対者としての傲岸不遜な様子をたたえているのだろうが、ルードには顔を上げる余裕すらない。ルードはただ喚き、もがくことしか出来なかった。
「貴様の負けだ」
 咎人に裁きを宣告するかのような、感情を感じさせないデルネアの声が聞こえた。
(……そうかもしれない。とうとう俺は死ぬのか)
 激痛の果てに意識はすうっと遠のいていく。
 が、浮遊感とともに意識は呼び戻された。心地よい声が自分の名前を呼び、自身の上半身が抱き起こされているのを認識した。意識を視覚に集中させると、そこにはライカの顔があった。
 おそらくは必死の思いで隷達の攻撃をくぐり抜け、単身ここまで辿り着いたのだろう。

『ルードがわたしを護ってくれているように、わたしもルードを護りたい。約束するわ』
 昨晩、ライカが言った言葉が思い起こされる。

 ライカは、ルードの胸元に痛々しく刺さっている剣に目を移すと、即座に柄を持ち、引き抜きにかかる。
 しかし、膨大な魔力をおびた剣は、触れただけで命取りになりかねない。かつてガザ・ルイアートがルードを試すように行ったように、“名も無き剣”は尋常ならざる“力”をライカに注いでいく。
 ライカは苦痛に顔をゆがめながらも、しかし剣の柄から手を離そうとしない。少しずつではあるが、刀身が引き抜かれていく。異物が体をうごめく激痛に体をよじらせながらも、ルードは必死に耐えようとした。ライカは、自分以上の苦痛を覚えているのだろうから。剣が送り込む“力”の流れは、所有する資格を持たない者に対し容赦をせず、心身を消し飛ばしてしまうまでになる。今のライカはルードを救うという一心のみで力に抗っているのだ。
 ようやく剣が抜けようというその時、ルードの胸中に、ある情景が浮かんできた。

* * *

 それは夢の中の出来事にも似ていた。印象的なイメージがルードの頭を駆けめぐり、彼の脳裏に深く刻み込まれた。
作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥