フェル・アルム刻記
〈帳〉は歩み寄り、うつむいたままのデルネアに声をかけた。その口調はあくまで優しく、かつての友人を思う感情が表れていた。
「このままではいずれ終焉を迎えるのみだ……もう、いいだろう。フェル・アルムをあるべき姿に戻そう」
そして、友に手を伸ばそうと、さらに一歩近づいた時。
デルネアは無言のまま不敵な笑みを見せると――おのが剣を真横に薙いだ。
「〈帳〉さん!」
ルードは悲痛な叫びをあげた。そして恐れた。冷徹そのもののデルネアの表情にルードは、デルネアの執念をかいま見たのだ。
「……!」
〈帳〉の体が力なくよろける。〈帳〉の一瞬唖然とした表情はしかし、再び元に戻った。あくまで、デルネアに対峙する者としての、緊迫した表情。
「この期に及んで、まだ欲望を果たさんとするのか、デルネア!」
〈帳〉は、自らの腕がぱっくりと割け、血に染まっていくのを感じていた。避けるのがもう少し遅ければ、彼は右腕を失っていたに違いない。
「欲望ではない。我が追い求める理想のためだ」
デルネアは言った。相も変わらず、尊大な口調で。
「そもそも、なぜ我らがこの世界を創り上げたのか、今一度考えてみよ」
「アリューザ・ガルドを包んだ大いなる悲劇を繰り返さないため。それは私も同調していた。……しかし今、この世界はさらなる悲劇に見舞われようとしているのだぞ……!」
朦朧としつつある中で、〈帳〉は必死に叫んだ。
「だからこそ、だ。我は絶対者たらねばならない。愚かな呪紋使いよ。先ほど言ったことを繰り返させるな」
デルネアは、腕を抱えてうずくまる〈帳〉から目をそらし、ルードのほうに体を向けた。
「烈火を失ったからといって我の思惑が失敗に終わったなど、稚拙なことを思わぬようにな。我が求めるのはあくまでガザ・ルイアートなのだから!」
デルネアは鋭い剣先をルードに向けた。
「やめるんだ、デルネア!」
サイファは叫んだが、その思いはとうていデルネアに届くものではない。
「必ずや、その聖剣は我がものにしてくれる。貴様、あくまで剣を渡さぬと言ったな、ルードよ」
デルネアの体から圧倒的な闘気が発される。
「〈帳〉さんに刃を……本当に向けてしまうなんて……」
ルードは聖剣の柄をつよく握りしめ、デルネアを見据えた。
「人としての心を閉ざしてしまったあなたに、この剣は渡せない!」
「ならば、その言葉に後悔をして死ぬがいい!」
言うが早いか。デルネアは両手に剣を構え、ルード目がけて走り寄ってきた。その速さたるや、人間のものではない。
ルードはただ目を見開き、唖然とするしかなかった。
気がついた時にはルードのすぐ目の前にデルネアがいた。
彼は蒼白く光る剣を振り上げ――
「おのが身を護れ、小僧!」
そう言いつつ、勢いをつけて振り下ろした。
きいん! と甲高い音を立てて剣と剣がぶつかり合う。
この世のものではない尋常ならざる剣同士は、火花を散らすでなく、己の持つ力を誇示し、相手を屈服させんとするかのように、その刀身から激しく光を発散させる。
黒く染まったウェスティンの地は、瞬間ではあるが二筋からなる光に包まれた。
そして――戦いが始まる。