フェル・アルム刻記
「つまり、ひとりで気張っていても限界がある。だから助け合っているんだ。みんなが集まって頑張っているからこそ、強さが生まれてるんだと思う。それに、俺自身は何ら変わってないよ。土の民セルアンディルになって、聖剣を持つ資格を得たとしても。……もし、それでも変わったというのなら、それはライカのおかげだろうな」
「わたしの? でも、わたしは何もしてないわよ」
「ライカを護りたい。そんな俺自身の思いが俺を変えていったんだろう。面と向かってこんなこと言うと、正直ちょっと恥ずかしい気もするけどさ、これは本当だ」
ルードの強さ。それは強大な“力”である聖剣を我がものにしてなお、己自身を保っていることなのかもしれない。強大過ぎる力は時として人を狂わすことが往々にしてあるのだが、ルードは力に屈することなく、自分の行うべき道を進んでいる。
ライカを護る。そしてライカを故郷に戻す。ルードをルードたらしめ、彼の強さの源となっているのがライカの存在であることは、ルード自身も分かっていた。
「ライカは、そのままでいてほしいよ。強くなるどうのこうのなんて関係ない。無理に自分自身を変えていく必要なんて、どこにもないだろう?」
ライカは再びルードの胸に顔をうずめると、こくりとうなずいた。
「ルードがわたしを護ってくれているように、わたしもルードを護りたい。約束するわ」
その時、がさりと草が揺れる音がしたので二人はびくりと驚いた。
「……失礼した。おどかすつもりはなかったんだが」
ばつが悪そうに暗闇の中からサイファの声がした。
「――というより、もう少しあとで来たほうがいいのかな? ご両人」
「もう、いいですよ」
やや不満げな口調でライカが口をとがらせた。そしてルードの横に座り直す。サイファは苦笑を漏らすとルードの横に立った。ルードはそんなサイファの様子を黙って見ているだけだった。
「ここに座っていいかな?」
サイファはそう言いつつもルードの横に腰を下ろした。
「え、ああ、………はい」
ルードはしどろもどろになりつつ、ただサイファの様子を見るだけだ。
「私の顔に何か付いてるというのか?」
ルードの狼狽する様子をサイファは半ば面白がっているようだ。ドゥ・ルイエの名は、フェル・アルムの民にとっては神聖かつ絶対的なもの。そんな絶対的な存在が自分のすぐ横にいるというのだ! 今までさまざまな変動を目の当たりにしてきたルードとはいえ、ドゥ・ルイエ皇に対しどのような接し方をすればいいものか、分からない。
「もう。あんまりルードを苛めないでやってくれないかしら、サイファさん」
対するライカはあっけらかんとしている。サイファが国王であるというのは本人から聞いたものの、サイファ自身が『サイファと呼んでほしい』というものだから、それを受け入れている。何より、フェル・アルムの住民でないライカにとって、ドゥ・ルイエ皇とは何なのか、今一つぴんと来ないのだ。国家元首であるのだが、サイファ自身がそれをまったく匂わせないため、友人のような感覚すら湧いてくる。
「ああ、そうだな。ルードも、私のことはサイファと呼んでほしいものだけど――」
サイファはルードの顔をのぞき込んだ。
「やれやれ、そう驚かれてしまってはこっちが困ってしまう」
「そうは言っても……驚くなって言うほうが無理ってもんですよ、サイファさん」
「まだちょっと堅いな。ルイエであることは意識しないでほしいな。敬語も使う必要なんてないし、呼び捨てでもまったく構わないんだぞ?」
「はあ……努力します……いや、する」
ルードの様子を見て、サイファはくすりと笑った。
サイファのことをルードが知ったのは、つい先頃だった。ルードら、運命の渦中にある者達が寄り集まって話をしている時、サイファが自身の口から明らかにしたのだ。すなわち、ドゥ・ルイエ皇であるということを。もっともこの事実を知っているのはルード達のみであり、他の避難民達の知るところではない。よけいな騒動を招くだけだからだ。
サイファは、〈帳〉達が話すことがらについて、衝撃を受けつつも真摯に聞き入っていた。フェル・アルムの真の姿。そして歴史の成り立ち、デルネアという人物、この春から起きてきた一連の事件と経験談、そして今はいないが同じく鍵を握っている人物――ティアー・ハーン。数々の事実を彼らは語った。
サイファのほうは、烈火に勅命を下したこと、そしてエヤードとルミエールとの旅の道中のことについて話した。
「私もあなた達についていこう。何より、烈火に対して為すべきことをなさねば。そして自分自身の目で真実を、フェル・アルムの行く末を確かめたいのだ」
最後に、サイファは決意のほどを明言したのだった。
「……烈火については、私なりの考えがある」
ルードの隣に座ったサイファは、前を見据えながら言った。
「私なりのやり方で、きちんとけりは付けさせてもらうつもりだ。むろん、君達の行うべき事柄の邪魔にならないように、立場はわきまえるけれど」
『わきまえる』など、およそルイエらしくない言葉を平然と言ってのけるあたり、本当に国王なのかとルードは勘ぐりたくなる。その一方で、確固たる決意を胸に秘めている。友人のような気さくさと、上に立つものとしての意識を併せ持っているのだ。
「あなたも……強いんだな」
ルードは言った。
「強いってわけじゃあない。私個人は無力な存在でしかないもの。ここまで旅をしてきて、私自身よく分かっているつもりだ」サイファは言った。
「でも、もしそれでも強くみえるって言うのなら、それは私を支えてくれているみんなのおかげ。――それは忘れちゃいけないことだと思ってる」
彼女はすっと手をさしのべた。
「ルード、ライカ。頑張ろう。私達の相手とする者が――デルネアがいかに強大であったとしても、挫けてはいけない。お互いを助け合えば、きっと道は開けるに違いない」
ルードとライカはサイファに手を重ね、強く握りしめる。
「デルネアに惑わされはしない。あなたもそうだし俺達の目指すところっていうのは、そこを乗り越えないと決して手に入れられないからな!」