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フェル・アルム刻記

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* * *

 周囲の景色はまた一転し、今度はサイファにとってもなじみ深い風景となった。
 ここは、どこかの家の中だろう。ごく質素なたたずまいの部屋のベッドがあり、二人の人物がいた。
「よっし、おいらの勘、大当たり! 大体ここら辺かなって思ったんだけど」
 と、ジルは喜んだ。
「え……!?」
 その声に、その部屋にいた人物が反応した。それまでは、ベッドに横になっているもうひとりの人物を心配そうに見ていたのだが。
「ジ、ジル……」
 声をあげたのは、ジルと同じ風貌を持つ、黒髪の少年だった。彼はゆっくりと、唐突な訪問者達のほうに近づいてきた。
「あ。兄ちゃんだ。……ちょうどよかった! 姉ちゃん。こっちがディエル。おいらの双子の兄ちゃんだよ」
 ディエルがわなわなと震えているわけなどまったく気にせず、ジルは、彼のせいで不運な目に遭った双子の兄をサイファに紹介した。
「あ、ああ……よろしく、私は……」サイファが言いかけた。
「ジル、てめえ、ただですむと思うなよお!」
 サイファの言葉を遮ってディエルが吼え、ジルにとびかからんとする。
「……え? え?」
 ジルは、ディエルが怒っているわけをまったく理解出来ないながらも、即座に身の危険を感じて、無意識のうちに“音”を発動させていた。

 風景は再び一瞬にして変わり果てる。
「私はサイファという……。え?」
 サイファの挨拶は、せせらぎの宮の中庭に、むなしく消え去った。

* * *

 サイファとジルは、お互い何も語らずに、石の椅子に腰掛け、植物の様子を眺めていた。
「ジルにディエル……」
 最初に口を開いたのはサイファ。
「結局のところ、そなたは何者なんだ?」
「神様の使いだよ」
 ジルはさらりと答えた。
「一瞬で場所を移動出来る……そして、私のまだ見ぬ世界を知っている……」
 サイファはため息をついた。
「神様の使い……か。それを信じる必要があるんだな」
「うん。そう思ってほしいな。あ、でもだからって、おいらを特別視なんかしないでおくれよ? おいらだって、国王陛下に無礼な口を利いてるんだしさ」
「そうだね」
 サイファはくすりと笑って、右手をさしのべた。
「では、あらためて、よろしくな、私の友人よ」
「こちらこそ、サイファ姉ちゃん」
 サイファとジルは、友情の握手を交わした。かたや国王、かたや神の使徒という奇妙な関係ではあるが、それを気にする二人ではなかった。

「そろそろ宿に帰るね」
 日が傾きかけてきたのに気付いたジルが言った。ジルは足下に転がる石を一つつかみ、軽く握りしめると目を閉じて念じた。ジルが掌を開けると、それまでなんの変哲もなかった石ころは、瑠璃色に煌めく珠《たま》に変貌していた。
「これ、あげるよ」ジルはサイファに珠を差し出した。
「綺麗……。ありがとう」
 サイファは驚きながらも、珠を受け取った。
「ただの石が宝石になるのか……さすがジル」
「たいしたもんじゃないんだけどさ、これを握って《エブエン・エリーブ》と念じれば、姉ちゃんの居場所が分かるから、おいら、すぐさま駆けつけることが出来るよ」
「えぶ……?」
「エブエン・エリーブ。おいらが今、思いついた呪文だけどね。この珠は姉ちゃんの声にしか反応しないし、呪文が発動したっていうのは、おいらにしか分からないようになってる」
「救助の狼煙《のろし》みたいだな、まるで」
「うん。姉ちゃんの身になんかあった時のためにね。実際、気を付けなきゃいけないこと、色々あると思うんだ」
 ジルの表情が真摯なものになる。
「一つ忠告。龍を倒した剣士、人間にしては強力過ぎる“力”を持ってるよ。あいつにはきっと何か裏があるよ」
「分かった。気に留めておこう」サイファは珠を見つめた。
「エブエン・エリーブ。言葉は、これでよいのだったな?」
 ジルはうなずくと、
「じゃあ、今日は帰るよ。またおいらの宿に来てちょうだいな!」
 と言い、駆け出していった。
「ありがとう! 今日のことは色々とためになったぞ!」
 サイファは、小さな友人の背中ごしに声をかけた。



作品名:フェル・アルム刻記 作家名:大気杜弥