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「お下げ髪の少女」のその後

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 翌朝は晴天だった。何も予定していない休日だった。景気の低迷の影響で、車は手放した。
緒方は午前八時過ぎの電車に乗った。ほぼ一時間、電車に揺られることになる。それは、美緒と出会った電車だった。
電車に乗ってから、緒方は思い出した。美緒の夫には、一度だけ会ったことがある。そこは書店の二階にある「グリンデルワルド」という名の喫茶店だった。
 美緒の父と出会った店でもあった。美緒と逢わなくなってから、その時点で五年が過ぎていた。以前はいつも空いていたその店が、いくらか流行りの店になっていた。相変わらず観葉植物がやたらと多い店だった。
「悟朗ちゃん、悟朗ちゃん。この海岸、行ったことある?」
その声が、観葉植物の向こうから聞こえた。美緒の声だった。雑誌を広げているらしい。
彼女は高校の英語の教師になったと、緒方は兄の和正から聞いていた。彼女の交際相手に関しても、緒方は彼女の兄から聞いて知っていた。
「それ、小笠原諸島だろ。行ったことがあるわけないよ」
「行ってみたいね。遠いところよね」
「船で行くと、何時間もかかるだろうなぁ。まる一日かも知れない」
緒方は立ち上がり、レジへ向かった。一瞬だけ、美緒の恋人の英語教師の顔を見た。
極く普通の、若い男だった。
美緒の後ろ姿に、お下げ髪はなかった。
短く切った髪型が、棄てた過去の象徴だった。