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東京ドール

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 東京ドール。そんな、どことなく哀愁を帯びた呼び名が相応しい娘だった。
 別に値踏みしたわけじゃない。それでもその娘は二万でいいと言った。
 少し華奢な身体から漂う、不釣り合いな香水の匂いが鼻につく。
 別にその娘を抱きたかったわけじゃない。それでもその娘の瞳は、どこか物憂げだった。
 最初から優しさを安売りするほど俺も落ちぶれちゃいない。駅前の雑踏の中で交わされた契約だった。ただの契約のつもりだった。 

 山の手の雰囲気を嫌うようなバーで、娘はカクテルを煽った。娘が未成年、もしかしたら高校生かもしれないなんてことは百も承知だった。
 娘はエリカと名乗った。どうせ本名じゃないことはわかっている。
 エリカは立て続けに煙草を吹かした。背伸びして吸っているのだろう。時折、煙が肺に入るとむせた。会話はそれほど弾まなかった。男の話題になればエリカは口を噤んだ。大音量で流れるオールディーズが会話の隙間を埋めた。
 俺も煙草を吸った。エリカはバージニアスリム。俺はマルボロ。紫の煙が絡み合い、途切れることはなかった。灰皿が瞬く間に山のようになった。

 バーを後にすると、契約履行のためにエリカは率先してホテルへ足を向けた。
 ネオンの一部が消えて、修理も施されていない陳腐なラブホテル。顔の見えない、しわがれた手の中年女性から鍵を受け取り、時間のみで区切られた、昼夜も季節もない部屋へ向かう。

 エリカがシャワーを浴びるために服を脱ぐ。華奢に見えた身体は、想像以上に細かった。
 遅れて俺がバスルームに入る。要求もしないのに、俺の身体を流してくれる。
「ありがとよ」
 その俺の言葉にエリカの手がビクッと跳ねた。エリカが寄り添うように身体を擦り寄せてくる。甘えるようでもあり、寂しそうでもあった。
 俺は黙ってエリカを抱き寄せた。

 身体に付いた泡を洗い流し、ベッドへ移動した時、エリカは小さく震えていた。
(いつもそうなのだろうか……?)
 そっと白い肌に触れてみる。俺の手に振動が伝わる。
「怖いのかい?」
「怖いわけないでしょ……」
 そう呟くエリカの声帯も震えていたし、歯がカチカチと鳴る音まで聞こえた。エリカはギュッと目を瞑っていた。
 さすがの俺も抱く気が失せた。俺は背広の内ポケットから財布を取り出すと、二万円をエリカに差し出し、服を着ようとした。
作品名:東京ドール 作家名:栗原 峰幸