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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 そう、問題は騎士だった。ラオディキア側から貧民街を徐々に包囲して、逃げ出す人を捕まえ殺そうとする。住民達を守りながら、炎と騎士の両方を相手取るのは相当な重労働だった。
 逃げる人たちを誘導していると、二人の人が逆方向に走ってきた。片方はショーン、もう片方は無精ひげの初老の男だ。
「何してるの、早く逃げなさい!」
 走る二人を叱り付ける。するとショーンは首を振った。
「でも馬車があるんだよ!」
「馬車?」
 どういうことかと男のほうに問いかける。
「実はあっしはここに来る前、御者をやっとりまして、あっちに馬車と馬があるんです。あれがあれば走れない人らを運べる」
 年寄りや子どもを残すわけにはいかねえ、と男は決然と語る。頼もしい味方だ。
「わかった。その人達のこと、任せるわ」
 男は頷き、ショーンと一緒に馬車のあるほうへ走っていく。その後を炎が追うが、そうはさせないと魔術で吹き飛ばした。
 炎の勢いは衰えない。このままではいつか限界が来る。この状況を打破するためには、やはり大元を絶たなければならないだろう。
 あの燭台を持った悪魔祓い師だ。何とかするといっていたが、そんな悠長に待っていられない。踵を返し、来た道を戻ろうとした。
「ああ、やっぱりここにいたんだな、魔女」
 燃える家屋の陰から一人の悪魔祓い師が姿を現した。今朝、騎士達と一緒にいた悪魔祓い師だ。顔を見たのは殴られる前の一瞬だったが、間違いない。
「捕まって数時間で逃げ出すなんてやるな。ちょっと感心したぜ。…でも今度はそうはさせねえ」
 口調は軽かったが、目は完全に据わっている。悪魔祓い師が十字架をかたどった燭台を振ると、白い炎はそれに従いまっすぐ飛んできた。
炎は少し逸れて左後方に着弾した。
「ファーザーほど上手くいかねえな」
 今度は狙い違わず炎が飛ぶ。散る火の粉を避け、一気に悪魔祓い師の元へ走った。
 剣と燭台がぶつかり、鈍い金属音が鳴る。
「へえ、剣も使うのか。でも魔女なら魔術を使ったらどうだ?」
 燭台から炎がゆっくりと広がっていく。その熱さに顔を顰めながら、自惚れる悪魔祓い師に言い捨てた。
「そうさせてもらう。後悔しても知らないわよ」
 激しい衝撃波が生じた。炎を散らし、砂埃を巻き上げて悪魔祓い師を吹き飛ばす。彼は十メテルほど宙を飛び、小屋の一つに突っ込んで動かなくなった。
「いたぞ! 魔女だ!」
 一人片付けたと思ったら、今度は騎士が大勢やってきた。いささか面倒な事態にため息をつく。すると、馬がいななく声がして、タイミングよく馬車が登場した。
「救世主様、馬車がありました。これで逃げやしょう!」
 手綱を握った御者が呼びかけた。実用重視の頑丈そうな辻馬車には子どもと老人が限界まで乗っている。近付く騎士の集団に衝撃波をお見舞いし、素早く馬車に飛び乗った。



 何とかすると言ったものの、そう簡単にはいかなかった。
 セラフとてだてに悪魔祓い師長を務めているわけではない。思想はともかく、悪魔と戦うことに関して、このラオディキアで右に出る者がいない。それは全く、人間に対しても同じだった。
「本気で教会に逆らうつもりなのか」
 あちこちに火傷を作り、肩で息をしているアルベルトと違い、セラフはその場から一歩も動いていない。淡々と祈りの言葉を唱え、炎を操っている。
「私は教会の決定には賛同できません。こんなことはただの大量殺人以外の何者でもない!」
 そう言って、アルベルトは剣を構える。闇雲に打ち込んでも埒が明かない。落ち着いて、正確に。
 集中力はアルベルトの最大の武器だ。動く炎を見、狙いを定める。迫る炎をくぐり抜け、一瞬で間合いをつめた。
剣はセラフの胴を掠め、燭台を捕らえてその芯を叩き折った。灯火が弱まり、どんどん小さくなっていく。それにつれて、炎の動きも鈍っていった。
「神の白い炎は強力な分、扱いが難しい。ファーザーといえど燭台(それ)がなければこの炎は操れないはずです」
「そんなことは言われなくとも知っている」
 血の滲む胴の傷に手を当てて、セラフは吐き捨てるように言った。
「だが君は私を侮っているな。この炎を操れなくとも貧民街を焼き尽くすことは出来る」
 何がこの人をそうさせるのだろう。その手はまだ燭台を握り締めたままだ。結局話を聞いてくれないのかと落胆し、アルベルトは剣を構えなおした。
 その時、ものすごい勢いで馬車がやってきた。広場を横切りすぐ近くに急停車する。そこから彼女が飛び降りて、指し示すように剣を向けた。
 セラフの背に氷刃が突き刺さった。炎を受けて輝くそれは、燭台をも凍りつかせ、残る炎も消し止める。それと同時に家々を焼く白い炎は小さなただの炎へと変わり、セラフは声もなく地面に転がった。
 現れた彼女は感情のない瞳で悪魔祓い師長を見下ろした。氷の刃は血一滴流すことすら許さない。
「君は、なん」
「あなたは何とかすると言った。でも出来なかったみたいだから私がやった。それだけ」
 術を破るには使い手を止めるのが一番だ。彼女はただそれを実行した。手っ取り早いやり方で。
 そうしなければならないと、アルベルトも分かっていたのだが。
「お二人とも、騎士達がやって来ます。速く逃げやしょう!」
 御者に急かされて、二人は馬車に飛び乗った。御者は素早く御者台に上がり、慣れた手つきで鞭を振る。馬はいななき、すぐさま走り出した。
 ラオディキアがどんどん遠ざかっていく。その手前、いまだ燃える貧民街から騎士達が現れて、こちらを追いかけてくるのが見えた。それと自分たちとを見比べて、ショーンはあることに気付いて言った。
「この馬車、どんどん遅くなってるよ。おじさん、もっとスピードでないの?」
「馬(コイツら)だってロクに食ってねえんだ。無茶言うんじゃねえ!」
 馬だって懸命に走っているのだろうが、初めの勢いはすでになく人が走るのより少し速いスピードでしか進んでいない。馬車が追いつかれることはないだろうが、徒歩で逃げている人達もいるのだ。
 その時、彼女は立ち上がり雲に覆われた夜天を仰いだ。雨気をはらんだ風が吹く。暗い空に向かって、彼女は呼びかけるようにあの言葉を叫んだ。
 雷鳴が轟いた。ぽつりぽつりと降っていた雨は豪雨となり、暴風を伴って嵐へと変わっていく。荒れ狂う風雨は騎士の一団に襲い掛かり、彼らを丸ごと飲み込んだ。
 今このときほど彼女が魔女であると言える瞬間はなかっただろう。ただの雨を嵐に変えるそのさまは、おとぎ話に、また歴史書に存在する魔女そのものだった。
 しかし、その代償は大きいようだった。
「これで少しは時間、を…」
 その言葉の先は発せられなかった。彼女は全力疾走した直後のように荒い息をつくと、その場に倒れて意識を失った。



 手放した意識が戻ってきたとき、真っ先に出迎えたのは激しい頭痛だった。
 痛みが頭の中でがんがん鳴っている。さすがにあの規模の荒天術は無茶だったようだ。瞼を上げても視野が定まらない。
身体を起こすと誰かが支えて水を飲ませてくれた。霞がかっていた視界がはっきりしてくる。二、三度まばたきすると、悪魔祓い師とショーンが心配そうな顔が見えた。
「大丈夫か?」