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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 話が終わっても彼女は何も言わなかった。沈黙は彼女の十八番であるらしい。しばらくすると、彼女はふいに口を開いた。
「あなたのようなまともな悪魔祓い師もいるのね」
 それはまるで独り言のような台詞。次の瞬間には今の発言はなかったかのように、彼女は話題を変えていた。
「ここにいる用はなくなった。私はもう行く」
 住民たちのほうに向き直り、彼女は一言そう告げた。住民達ははっとして、名残惜しそうに彼女を見る。
「救世主様・・・」
「もうここに悪魔はいない。長くここにいると皆に迷惑をかけることになる。教会に何を言われても反発しないで。絶対に」
 真剣な表情で言われ、住民達は神妙に頷いた。そして家を出ようとする彼女に向かって、口々に感謝を述べる。
「救世主様! 娘を治してくれて本当にありがとうございます!」
「おれもです! これでようやく家族を養える!」
 浴びせられる感謝の言葉に彼女はうっすらと微笑むと、扉を開けて外へ出た。彼女の姿が闇にまぎれて見えなくなるまで、住民達は見送った。
「あんなすごい人がいるんだな」
「ああ、教会なんかとは違う。必ず助けるなんて言ったくせに、結局何もしてない奴ともな」
 若い男が二人、アルベルトの方をちらっと見る。住民達は解散し、それぞれの家に帰っていく頃だった。
「所詮、悪魔祓い師は悪魔祓い師だよな」
「そうそう。おれたち貧乏人のことなんてわかっちゃくれないんだ」
 不満をぶちまけて若者達も帰って行く。無言で立つアルベルトに、一人の男が声を掛けてきた。
「気にしなさんなアルベルト。あれはあんたじゃなく、教会への不満だからな」
「いや、彼らの言うとおりです。俺は結局何も出来ていない。彼女が捕らえられるのを阻止することも出来なかった」
「いいや。あんたがあっしらのために良くやってくれた事は知っとるよ。教会にはあんたのようなまともな悪魔祓い師もいるんだな」
「・・・ありがとうございます」
 そう言ってもらえて少しだけ気持ちが軽くなった。こういう人達のためにも、やらなければならないことがたくさんある。男やショーンに別れを告げ、アルベルトは教会に戻ることにした。
 夜空は雲に覆われ、月も星も見えない。深い暗闇の中を進み、北門に向かう。
 と、その闇の中に炎が一つ浮かんだ。どんどんこちらに近付いて来る。炎に照らされて浮かび上がったのは、
「ファーザー・セラフ・・・?」
 悪魔祓い師長がこんなところに来るなんて珍しい。それも、十字架を模した大きな燭台を手に持って。
「ブラザー・アルベルト。こんなところで何をしている?」
 今は教会で待機している時間なのだから咎められて当然だ。こんな場所で見つかるとは思わなかったが、用意していた言い訳をアルベルトは口にした。
「報告します。一応、貧民街中を探しましたが、魔女はどこにもいませんでした」
「そうか。なら讃課の鐘が鳴る頃(午前三時)には街を出て魔女の後を追うことになるだろう」
「…わかりました。それはそうと、ファーザーこそこんなところへ何をしに来られたのですか」
「サイモン大司教の命令だ。君も手伝いなさい」
「大司教様の? 一体どういう命令なのですか?」
「簡単なことだ。悪魔の穢れに満ちたこの場所を浄化する」
 燭台の炎が赤から純白に変わった。激しく燃える白い炎は、セラフの祈りの言葉に従って膨れ上がり、はじけて雨のように降りそそいだ。
 天から下る火はたちまち貧民街中に燃え広がった。
「何をしているのですか! ファーザー・セラフ!」
 異様に眩しい炎に目を灼かれながら、アルベルトはこの暴挙の理由を問うた。このままでは貧民街中の人が焼け死んでしまう。
「ここの住民達は魔女を崇め、救世主などと呼んだ。彼らは悪魔の手先と化し、もはや我々の救いは及ばぬ。我々に出来る事は悪魔に冒された魂を白の炎で浄化し、神の御手にゆだねることのみだ」
 セラフの言葉にアルベルトは愕然とした。一体どうすればそんな理論に辿り着くのだろう。彼らを見捨て、追い詰めたのはほかならぬ悪魔祓い師であるというのに。
もはや教会はここまでおかしくなっているということだろうか。ただ教えを守ることに固執し、従わぬものを無理やり排除する非情な集団に。
 白い炎が貧民街の家々を焼いていく。燻し出された人々が次から次へと外へ飛び出し逃げ回る。炎は人々を追い回し、逃げ遅れた人を飲み込んでいった。
「やめろ! やめてください、ファーザー!」
 必死に訴えかけてもセラフは全く聞こうとしない。貧民街の惨状を訴えた時と同じだ。炎に飲まれそうになる人々を助けながら、どうすればこの火を止められるか考え続けた。
 その時、炎の一部が吹き飛んだ。氷の欠片が飛び散り、氷雪がセラフへと向かっていく。炎を冷気がぶつかって、一瞬白い水蒸気があたりを覆った。
「魔女。ここにいたのか」
 いつの間に戻ってきたのだろう。セラフが見つめる先に彼女は立っていた。
「ここの者達を助けにきたのか。魔女にそのような情があるとは驚きだったな。それとも同じ悪魔の下僕として見捨てられなかったのか?」
「黙れ下衆」
冷え切ったその一言はそのまま氷の刃となってセラフへ飛んだ。しかし、魔術で生み出された氷槍は白い炎に飲み込まれ、蒸発して消え失せる。炎は渦巻き、四方から彼女に襲い掛かった。
 アルベルトは走り、体当たりでわずかな隙間から彼女を外へ押し出した。勢い余り二人はもんどりうって地面に倒れる。
「痛っ・・・邪魔するな、悪魔祓い師!」
 彼女は飛び起きて苦情を言ったが、今はそんな場合ではない。アルベルトも起き上がり彼女に向かい合った。
「全く何で戻ってきたんだ! あのままここを離れれば、いくらでも逃げられたのに!」
「襲われている人間を見捨てるほど薄情じゃない。悪魔祓い師と違ってね。そっちこそ私を庇ったりしていいのかしら?」
「…俺は無実の人間を殺したりしないし、殺されるのを黙って見過ごしたりしない。それだけだ」
 無用な殺人を看過するわけにはいかない。たとえ相手が悪魔祓い師長であってもだ。
「君は貧民街の人達を連れて逃げてくれ。ファーザーは俺が何とかする」
「信用しろとでも?」
「そうしてくれると嬉しいな。でも無理にとは言わない」
 そう言うと、彼女はあきれたように溜息をつき、背を向けた。
「わかった。…信用はしないけど」
 彼女は燃える貧民街の中へ消えて行った。
「ブラザー・アルベルト。君も魔女に惑わされたのか。仮にも悪魔祓い師が情けない。我らの義務を忘れるとは」
 炎を従え、セラフは悠然と歩いてくる。アルベルトは覚悟を決めて剣を抜き、切っ先を相手に向けた。
「悪魔祓い師の義務は人を救うことでしょう。違いますか」
セラフは笑った。それは無知な子どもが見当外れなことを言った時に見せる、哀れみと軽蔑の笑みだった。
「どうやら君は誤解しているようだな。悪魔祓い師の義務は神のしもべとして悪魔と戦うこと。悪魔の手先と戦うこともまた、我々の務めだ」



 白い炎はそれ自体が意志を持っているかのようだった。
 腹をすかせた獣の如く、動くものを容赦なく喰らっていく。だが狙うのはこちらと貧民街の人達だけ。騎士達には何もしない。