Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ
悪魔祓い師が水の入ったコップを差し出した。その台詞は今日で二度目だ。大丈夫とは言い難かったが、面倒なのでとりあえず頷いておく。
水を飲んでいる間、悪魔祓い師は気絶した後のことを話してくれた。嵐のおかげで追っ手を撒くことができたため、とにかくラオディキアから離れるべく馬車を走らせ続け、ひとまず逃げ切ったところでこの洞窟で休息を取ることにしたらしい。途中で御者の男もやって来て、逃げ切った人達は別の場所で休んでいることを教えてくれた。
「逃げている間に何人かと合流できたんでさぁ。違う方向へ逃げた人もいるようで」
「全部で何人ぐらい逃げられたと思う?」
「…たぶん半分ぐらいじゃねえかと」
「そう」
御者はそれ以上何も言わず、馬の様子を見てきますといってその場を後にした。ぼくも、とショーンもそれに続いた。
半分逃げたということは、後の半分はあの場所で焼け死んだということだ。逃げた人達だって全て助かるとは限らない。魔物が徘徊する外に着の身着のまま逃げ出したのだから。
全く、どうしてこんなことになったんだろう。
「私は救世主なんかじゃない。ただの疫病神だ」
ぽつりと、そんな言葉がこぼれ落ちた。自嘲は重くのしかかり、自分の言った事なのに妙に納得してしまった。思わず笑いそうになったところに、悪魔祓い師が口を開いた。
「でも君があの人達を救ったのは事実だろう。讃えられるべき立派な行いだ。責められるべきは教会であって君じゃない」
立派、か。なんだか遠い言葉だ。慰めようとしているのだろうが、全く心に響かない。
「悪魔に苦しむ人を救う。私が何故そんなことをしているんだと思う? あなたみたいに『苦しんでいる人を救いたい』なんて立派な理由じゃない。復讐のためよ。
私も子どもの頃、悪魔に家族を殺された。みんな私を守ろうとして死んだのよ。悪魔の狙いは私だけ。私を置いて逃げさえすれば死なずにすんだのに!
私は、家族を殺した悪魔に復讐したかった。悪魔なんて全て滅ぼしてやる。そう思っているだけ」
救世主と呼ばれ讃えられることに、ずっと違和感を覚えてきた。聖典に書かれた救世主のように、慈悲や愛で人を助けているわけではないのだから。全ては自分のため。自己満足なのだから。
「でも、苦しんでいる人を見捨てられないんだろう? そうしたら、無力だったあの時の自分を見捨てることになるから」
はっとして、悪魔祓い師を見た。こういうのを図星というのかもしれない。自分でも不思議なくらい何も言うことが出来ず、ただ彼の生真面目そうな顔を見ているだけだった。
沈黙が流れたのはほんの数瞬。しばらくして悪魔祓い師は微笑むと不意にこう言った。
「そういえば君の名前を聞いていなかったな」
「…はあ?」
確かに名乗った覚えはないが、何がどうなればその話になる? 話の流れに戸惑っていると、悪魔祓い師はさわやかとでも形容されそうな笑顔を浮かべ、すっと右手を差し出した。
「名前が分からないと呼びづらいだろう? 俺はアルベルト・スターレン。よろしく」
さわやかなわりに有無を言わさぬ雰囲気だ。けれど、仕方なく、と言ったら天の邪鬼すぎるかもしれない。握手に応じ、このおかしな悪魔祓い師――アルベルトに名前を告げた。
「リゼ・ランフォードよ」
はっきり言って状況は最悪だ。
けれど、この出会いだけは悪くない気がした。
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ 作家名:紫苑