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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 その時、何かが爆発するような大きな音が広場中に轟いた。驚いた騎士達が剣を振る手を止め、住民達も静かになる。静寂の中を今度は彼女の凛とした声が響き渡った。
「狙いは私でしょう。だったらこの人達には手を出すな」
 彼女は射抜くような目で騎士長を見た。その迫力に気圧されたのか、あるいは魔術をかけられることを恐れたのか、騎士長は少し下がって命令した。
「ふ、ふん。ここの奴らを盾に逃げるのかと思ったら、逆に庇うとはな。――この女を捕らえろ!」
 このままでは彼女は捕まってしまう。アルベルトは彼女と騎士の間に割って入ると、騎士長に向かい合った。
「待ってください。私は彼女がここの人々を癒すのを見ました。魔女とは悪魔の力で人々に害をなす者。その定義でいけば、彼女は魔女ではない」
「しかし、これは悪魔祓い師長の命令で」
「ファーザー・セラフには私から伝えます。ですから剣を納めてください」
 騎士長は納得出来ないという顔でアルベルトを見た。他の騎士達も同様だ。そしてもう一人、捕まりそうになっている彼女も、疑念を抱いているようだった。
「あなた、悪魔祓い師でしょう。一体何のつもり?」
「つもりも何も、君だって捕まりたくはないだろう。この場は俺に任せてくれ」
 真剣にそう言うと、とりあえず嘘ではないと分かってくれたらしい。心から、と言うわけではなさそうだったが、彼女は頷いた。
 その途端、光の鎖が彼女を拘束した。動けなくなった彼女の後ろに、一人の男が現れる。後頭部を殴打する低い音がして、彼女はゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「魔女の捕縛完了。気をそらせておいてくれて感謝するぜ。騎士長のおっさん、運ぶのよろしく」
 猫でも捕まえたような口調でウィルツは言った。そうだ。魔女を捕まえるのに悪魔祓い師一人寄越さないはずがない。悪魔祓い師ウィルツ・タイラーはアルベルトの姿を見ると、血の付いた杖を得意げに振った。
「やあ、アルベルト。おまえ今日非番だろ? 休みの日にいつも何してるのかと思ったら、こんなところに来てたんだな」
「ウィルツ! 俺が話していたことを聞いていなかったのか?」
「聞いてたけど任務の方が重要だろ。ファーザーの命令だし、この女の力はどう見たって悪魔祓い師のものじゃない。神に由来しない力を使う奴は魔女に決まってる」
「しかし、彼女は!」
「はいはいそこまでにしろよ優等生。おれは命令通り、悪魔の手先を捕まえただけだ。苦情はファーザーに言ってくれ。最も」
 さして気に留めることでもないと言うように、ウィルツは淡々と言った。
「一度魔女だと疑われたら、その判定が覆ることはない。遅かれ早かれあの女は火刑になるだろうな」



 目を開けるとそこは薄暗い部屋の中だった。
 正面にはさびた鉄格子がある。だから正確には部屋ではなく牢獄なのだ。人々を惑わす魔女にふさわしい待遇といったところだろう。
 身体を起こすと後頭部に痛みが走った。触ると指先に生温かい液体が付着する。どうやら血が出るほど強く殴られたようだ。騎士だの悪魔祓い師だの、色々と気にとられていたのは確かだが、こんなにあっさり捕まってしまったのは不覚だった。
 さて、どうやって逃げようか。
 両手は鎖で繋がれているし、牢全体には逃亡を防ぐための結界が施されている。まあそれはいいとして、牢屋を出たところでここは教会。騎士や悪魔祓い師が邪魔してきたら面倒だ。
 考えを巡らせていると、ガチャガチャという耳障りな音が近づいてきた。それに人の話し声もする。
「なあ、魔女に近づくなんてやめた方がいいんじゃないか?」
「なんだよ。魔術をかけられるのが怖いってか? 心配ねえよ。相手は牢屋の中だぞ」
 左手から二人の騎士が姿を現した。
「ふうん。見た目は普通の女だな」
「そ、そうかあ?」
 鉄格子の向こうから一人はおずおずと、もう一人は見世物でも見ているかのようにこちらを観察している。やがて後者は見ているのに飽きたのか、鍵束を取り出して錠前に差し込んだ。
「ちょ、おい。何してるんだ。危ないぞ!」
「平気平気。この牢屋の中じゃ魔術は使えないんだぜ? それに、魔女は身体のどこかに悪魔がつけた印があるって話じゃないか。どんなのか確かめてやるよ」
 相棒の制止も聞かず、騎士は牢屋の中に入ってくる。自分は安全だと信じきっているようだ。残念ながらそうではないのに。
 少し意識を集中させると、手枷が壊れる音がした。騎士はそれに気づきもせず、嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべて近づいてくる。騎士が目の前に来た瞬間、その顔に手加減なしの右ストレートをお見舞いした。
「うぎゃっ!」
 情けない声をあげて騎士が吹っ飛ぶ。思った以上に弱い。
「お、おまえ、どうやって手枷を外したんだ!? うげっ」
 腹を一発蹴り込むと騎士は大人しくなった。
「悪いけどここの魔術封じの結界、脆すぎるわ。手枷もね」
 振り返り、外した手枷の残骸を放り投げる。相棒とお揃いの情けない声をあげてもう一人の騎士も昏倒した。起きた後騒がれると鬱陶しいので、牢屋に放り込んで鍵を掛けておく。あとはここから出るだけだ。鍵束を空の牢に投げ捨て、外へ続く階段へ向かう。
もし教会の奴らが邪魔してきたら、その時は目に物見せてやることになるだろう。



 結局、セラフに苦情を申し立てられたのは九時課の鐘が鳴る頃(午後三時)だった。
 悪魔祓い師長の執務室に入るのは今日で二度目だ。一度目はすぐに追い出されてしまったが、今度はそういうわけにも行かない。アルベルトは部屋に入るとすぐに彼女と貧民街の様子について報告した。
「なるほど。君の話はよく分かった」
 話が終わると、セラフはそう言った。分かってくれたのかと一瞬期待したが、続いて発せられたのは否定の言葉だった。
「しかし君は本当に魔女が人を救うと思っているのか? もしそうするとすれば、それは人を惑わせ、より多くの人間を悪魔の手先に変えるためだ」
「でも彼女が悪魔を祓っていたのは事実です」
「なら悪魔の力で悪魔を追い出しているのだろう。魔女は下等な悪魔を使役する力を与えられているはずだからな。これこそ悪魔と通じている何よりの証拠だ」
「それは有り得ません。もしそうなら私には分かるはずです。ファーザーは私の能力をご存じでしょう」
 セラフは何も言わない。さらに抗議を続けようとした時、扉が開いて騎士が一人、息を切らせて入ってきた。
「報告します。魔女が牢から姿を消しました」
「何? どうやって抜け出した?」
「見張りの騎士によると、魔術で手枷を壊し、牢の鍵を開けたそうです。彼らも捕まえようとしたようですが、一瞬でやられたらしく…」
 アルベルトは驚きを隠せなかった。あの地下牢は魔女狩りが最も盛んだった時代に造られたもの。中にいるかぎり魔術は使えないはずなのだ。そこから抜け出すということは。
「・・・並の魔女ではないということか。ブラザー・アルベルト。魔女を捕縛せよ。手段は問わん。…生死もな」
 そう命じるセラフの口調は極めて事務的なものだった。