Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ
一番ストレートに出てくるのはそれだけで、他の理由は特にないような気がする。そうやって真剣に考えるアルベルトの様子を見たティリーは、
「・・・・・分かりました。とりあえず、それだけということにしておきますわ」
それ以上聞くことを諦めたのだった。
「魔女め! 覚悟しろ!」
お決まりの台詞を吐いて聞きかかってきた騎士は、リゼの一撃であっさり弾き飛ばされた。剣を振ると同時に、魔術で風を発生させたのだ。後に続く三人も、それに押されて転倒する。しかし懲りる様子もなく、数を頼りに次から次へと向かってくる。この狭い路地の中、大勢で押しかけるのは効率が悪いだろうに。
とはいえ、それを忠告してやる義理も義務もない。リゼは騎士達を風で容赦なく吹き飛ばした。
と、その時。
真上から人影が降ってきた。そいつはリゼの背後に着地すると、素早く剣を振り上げる。突然のことで反応が間に合わず、避けたものの服が少しばかり斬り裂かれた。リゼは振り返り、そいつに向かって下から掬い上げるように剣を一閃させる。しかし、それは受け止められてしまった。
「・・・グラント!?」
相手の姿を見たリゼは思わず驚きの声を上げた。どうやら木の下敷きになっていたわけではなかったらしい。
「何のつもり?」
剣を合わせた状態で、リゼはグラントに問いかけた。グラントにはわざわざリゼと戦う理由はないはずだ。
「・・・・あんたかアルベルトを捕まえたら、見逃してやるって言われたんだよ」
「見逃す?」
「オレはミガー人なんだ。それも正式な入国許可証を持ってねえ。それがバレちまったんだ」
なるほど、密入国者か。それは重罪だろう。
「あんたには助けてもらったが、オレも死にたくねぇんだ。すまねえ」
言って、グラントは剣を思いっきりはねあげた。リゼの手から剣が弾き飛ばされ、離れたところに落ちる。丸腰になったところへ、グラントの横薙ぎが襲い掛かる。それを避け、後ろに下がったリゼの背に硬いものがぶつかった。壁だ。
「もらった!」
グラントが剣を振りかぶる。その瞬間。
『凍れ』
氷の魔術が発動した。渦巻く冷気。瞬きする間に、グラントは氷によって拘束されていた。
「ち、ちくしょうっ」
グラントは必死で氷の戒めを解こうとするが、それぐらいで何とかできるようなやわなものではない。グラントがもがいている間にリゼは落とした剣を拾いに行った。
「捕まえたら見逃してやる、か。無理だと分かってるから言ったんでしょうね」
リゼは剣を拾い上げ、グラントの方へ向き直った。
「私としてはそんなもの無視して、今のうちにマリークレージュを出てできるだけ遠くへ逃げることを勧めるわね」
「それができりゃあ苦労しねえよ。あんただって分かってるだろ」
「どうかしら。私なら、魅力的な獲物が目の前にいたら小物なんて放って獲物を狙う」
そこで、リゼは魔術を維持することをやめた。氷が砕けて、グラントは自由を取り戻す。
「どうする? まだ私と戦う?」
「・・・・・・いや、あんたには勝てない」
グラントは首を振って剣を納めた。
「分かったよ。逃げればいいんだろ。簡単に言ってくれるぜ」
やけくそ気味にグラントは言う。まあそれはともかく、逃げる気になってくれたのはよかった。このまま氷漬けにして放っておいたら教会の連中に回収されるだろうし、かといって御守りをしてやるほどの相手でもない。自力で何とかしてくれれば、面倒がなくていい。
「ところで、サニアもミガー人なの?」
「いいや、あいつはアルヴィア人だ。今日までオレがミガー人だって事を知らなかったし、悪魔研究家の連中がみんな魔術師だってことも知らなかった。普通なら、研究家の連中が絶対に雇ったりしない奴なんだよ。アルヴィア人で、魔術を心底恐れてる奴なんてな」
オレにくっついてきたから仕方なく雇ったのかと思ったんだがな。グラントは最後にそう独りごちた。
ダレンは生贄にするつもりで二人を雇ったのだとメリッサは言っていた。どうせ殺してしまう相手なのだから、魔術を使っているところを見られても構わない。ダレンはそう考えたのだろうか。あるいは――魔術を恐れる人間を同行させることで、ティリーやレスターが魔術を使えないようにするためか? ティリーは騎士の集団に囲まれても、捕まりそうになっても魔術を使わなかった。『アルヴィアにいる間は人前で魔術を使わないようにしてきた』。リゼなどよりも、よほどそのあたりのことに気を使っているティリー達のことだ。アルヴィア人に見られる可能性が少しでもあるのなら、よほどの事態にならない限り魔術を使ったりしない。そして、魔術さえ封じてしまえば、二人を生贄にするのはより楽になる。ということなのかもしれない。ダレンがそう考えたかどうかは、今となっては分からないが。
確かなのは、サニアのせいで教会の奴らに見つかってしまったということだ。
「サニアは教会の奴らに私達の事を教えられたわけね。悪魔祓い師ではなく魔女だと」
「まあな・・・しかも手伝ったら報酬を出すって話につられて、あんたらのうち片方をおびき出す役まで引き受けたんだ。確かにあいつは相当金に困ってるらしいけどよ」
グラントはそこで言葉を切ると、
「ところでよ、その・・・・手配書の内容はマジなのか? いや、全部信じてる訳じゃねえんだが・・・」
「手配書?」
グラントは懐から二枚の紙を取り出した。なかなか上等な紙である。それを受け取って広げ、中身を読み――
リゼは思いっきり顔をしかめた。
「リゼったら一体どこへに行ったのかしら。こうも広いとなかなか見つかりませんわね」
人気のない路地を延々と歩いた後、ティリーは切なげにため息をついてそう呟いた。
二人が進むマリークレージュ西区はまさに迷路だった。おそらく人口が右肩上がりに増えていた時期に、区画整理など考えず家を次々と建てたのだろう。路地や枝道が多すぎて、どっちへ行ったらいいのやらわからない。結果、人探しも難航しているというわけだ。それは騎士達も同じらしく、向こうの戦力もかなり分散されているようだが――
それでも、見つかるときは見つかるらしい。
「・・・・誰か来る」
あたりを見回したアルベルトは、後ろから迫る気配に気がついて剣の柄に手をかけた。それを見たティリーも事態を察して身構える。そして、
「なんだ。おまえかよ」
路地の暗がりからウィルツが現れた。その口調はどことなく残念そうである。
「ま、いいか。どっちにしろおまえも捕まえないといけないからな」
そう言いながら散歩でもするような足取りでゆっくり近付いてくる。アルベルトは、視線はウィルツに向けたまま、小声でティリーに話しかけた。
「ティリー、ここは俺に任せて、リゼを探しに行ってくれ」
「は、はい?」
「悪魔祓い師の前で魔術を使いたくないんだろう?」
ティリーはあっけにとられた様子でしばし沈黙したが、
「・・・・わかりました。この場は任せますわ」
くるりと身を翻し、路地の奥へと走って行った。
「あれもひょっとして魔女の仲間か? いつの間にあんなのが加わったんだよ?」
作品名:Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ 作家名:紫苑