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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 魔法陣が脈動した。血のような赤い光が立ち上り、周囲を照らし出す。やがて赤い光が収まると、魔法陣の中心から真っ黒な泥のようなものが湧き出した。それはダレンを飲み込み、レスターをも巻き込んで拡大していく。
「レスター!」
 仲間を助けようとしたティリーは、すぐ近くまで迫った真っ黒い泥を見て、それ以上進むことをためらった。その間にも、レスターは泥に飲み込まれ、見えなくなる。
「ティリー」
「・・・・・逃げましょう。ここにいては巻き込まれますわ」
 そう言って、ティリーは踵を返して走り出した。アルベルトもそれに続く。二人が陣の外に出てリゼのいる所に戻った時、中心から湧き出た闇が魔法陣いっぱいに広がった。深い深い闇を湛えた底無しの穴。吸い込まれそうな闇の中から、無数の蟲が溢れ出して来た。
「あれが、地獄から召喚された悪魔・・・・・」
 ティリーは呆然として呟いた。
 その蟲は握りこぶし大ほどの大きさの悪魔だった。真っ黒な身体に人のような顔を持ち、口腔には鋭い歯が並んでいる。頭が痛くなるほど大きく不快な羽音をさせながら、蟲の悪魔は地下室の中を飛び回った。
「あはっ、あははははっ! やった! 成功だ!」
 歓喜の声をあげたのはボリスだった。手を縛っていたはずの縄がいつの間にか切られている。それに、ボリスを見張っていたはずのグラントとサニアがいない。おそらく逃げたのだろう。こんな光景を見て逃げるなというほうが無理だ。
「すごい。やっぱり博士はすごいよ!」
「・・・・すごい? どこがよ」
 師を褒め称えるボリスの姿を見て、リゼがそう呟いた。そうして彼女は前に出ると、魔法陣の向こうのメリッサに問いかける。
「こんな下らないものを喚び出して一体どうするの? この世の支配者にでもなるつもり?」
「そんなものに興味はないわ。全ては研究のためよ。ティリーも言っていたでしょう。『本当に悪魔を召喚出来るのか試してみたい』と。私はそれを実行しただけ」
「実行するのとしないのとでは大きな差がありますわよ。一緒にしてほしくないですわね」
 ティリーが苦々しげに言った。だが、メリッサは意に介した様子もなく、
「あなた達も生贄になるのよ。悪魔達はまだまだ贄を求めてる。残念ながらここでお別れね」
 そうして右手を上げて、リゼ達を真っ直ぐ指差した。
「行け」
 蟲達が群れを成して突進して来た。
『消えろ!』
「至尊なる神よ。その御手もて悪しきものに断罪を!」
 リゼとアルベルトの前で、蟲の悪魔は浄化されて消え失せる。その様子を見てメリッサが表情を変えた。
「悪魔を消した? そんな―――」
「博士、そいつら悪魔祓い師です! 気をつけて!」
「そいうことははやく教えなさい! この役立たず!」
 ボリスの遅い報告にメリッサは苛立ちを見せた。
「メリッサ。悪魔召喚を止めてくれ。いつまでも悪魔を制御しきれるとは思えない」
 アルベルトがメリッサに警告する。しかしメリッサは聞く耳を持たない。むしろ何かを思いついたのか、ぶつぶつと呟いた。
「そうよ。悪魔にもっと力を与えればいいんだわ。そうすれば」
「悪あがきしたところで無駄だって分からないの。収拾がつかなくなるだけ――」
「無駄じゃない!」
 リゼの言葉を遮って、メリッサは叫んだ。蟲達を集め、次なる標的へと差し向ける。それは、
「え? 博士? 何を・・・・」
 それはボリスだった。戸惑う彼の周りを蟲達が包囲していく。
「博士! やめてください! ボクもっと役に立つようになりますから! だからお願い―――」
 メリッサは何も言わない。蟲達がボリスを取り囲み、己が出した命令を実行するのを静かに見ているだけだった。
 反射的にリゼはボリスの元へと走った。群がる悪魔達を蹴散らそうと魔術を唱える。しかしそれが届く前に、ボリスは蟲の群れに取り込まれた。
「く、くるな! やめて! やめ――」
 懇願は悲鳴に変わり、ボリスの身体と共に悪魔の渦へと消えていく。咀嚼音と赤い液体が悪魔の口から滴った。
「――っ」
 骨が噛み砕かれる音。肉が噛み裂かれる音。頭の中にその音だけが鳴り響く。思考が麻痺して、何も考えられなくなった。
(やめろ)
 頭が痛い。吐き気がする。肉を食む音以外何も聞こえない。なんにも――
「リゼ、危ない!」
アルベルトとティリーの声が聞こえた途端、現実が戻ってきた。
 リゼは瞬く間に蟲の渦に飲み込まれた。足が地面を離れ、身体が宙に浮く。それを認識したリゼは我に返ると、噛み付いてきた蟲を振り払い、剣と魔術で薙ぎ払った。斬られ凍りついてぼたぼたと地に落ちる。しかし悪魔達はそれをものともせず、数に任せてリゼを壁に叩きつけた。
衝撃で壁の一部が崩れた。リゼは右半身を強く打ち、一瞬意識が飛ぶ。蟲達が勝ち誇ったような啼き声を上げた。
 その時、瞼の裏が真っ白に染まった。纏わり付いていた蟲が離れ、耳障りな羽音が消える。目を開けるとすぐそこにアルベルトとティリーがいた。
「リゼ! 大丈夫か!?」
起き上がろうとした瞬間、右腕を激痛が襲った。ゆっくりと目をやると、腕があらぬ方向へ曲がっている。それに肋骨にヒビでも入っているのか、呼吸をするたびに胸が痛む。
「・・・・ちょっと腕が折れたけど無事よ」
「どこが無事なんですの! 大怪我じゃありませんか!」
 ティリーが心配そうに言った。アルベルトも曲がった腕を見て首を横に振る。
「その怪我じゃ戦うのは無理だ。君は休んでいてくれ」
「あなたがあれを何とかできるならそうするけど」
「何とかする。だから無茶するな」
 そう言ってアルベルトは魔法陣のほうへと走っていった。
「とにかく、安全なところへ行きましょう。せめてこの地下室を出て」
 ティリーがそう言って、リゼに手を貸そうとした。
「逃げてる場合じゃない。早くあれを何とかしないと、止められなくなる」
 ティリーの手を払い除けて立ち上がろうとすると、彼女は驚いてリゼを押し留めた。
「な、何を言っているんですの!? 腕が折れているのに!」
「別に、これぐらい・・・」
 呼吸を整え、折れた腕を掴む。リゼがしようとしていることを悟ったのか、ティリーがはっと息をのんだ。
 次の瞬間、リゼは折れた右腕を力任せに元に戻した。痛みで頭が真っ白になる。悲鳴を飲み込み、折れた腕に魔力を注いだ。激痛が痺れるような痛みに変わっていく。
「な、何したんですの・・・?」
 ティリーが恐る恐る問い掛けてくる。その顔には見ているだけで痛いと書いてあった。
「魔術で骨をつないだ」
「そんなことが出来るんですの!?」
 頷くと、ティリーはあっけに取られてしばし沈黙した。やがて何か思い当たることでもあったのか、空中に視線を泳がせ、何やらぶつぶつ呟いた。
「やはり癒しの術・・・? でも、とっくの昔に失われたはず・・・」
「ティリー、後ろ」
 振り返ったティリーは目と鼻の先に蟲が迫っているのに気付き、やたら大きな悲鳴を上げた。
「キャー! 気持ち悪い!」
 手にした分厚い本を振り回し、群がる蟲を叩き落とす。しかし実体化しているとはいえその程度の物理攻撃が効くはずもない。地面に落ちた蟲は再度浮上すると、奇妙な羽音を立ててティリーに襲いかかろうとした。
『凍れ』