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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 その一言で周囲に冷気が渦巻く。それに触れた蟲達は凍りついて地面に落ちた。
「ふう。ありがとうございます。さすが救世主と呼ばれるだけありますわね。わたくし一人だったら危ない所でしたわ」
 とため息をついて安堵するティリー。その大げさな仕草にリゼはため息をついた。
「そんなこと言ってないで本気出したらどう?」
「あら。悪魔は貴女か悪魔祓い師にしか倒せませんでしょ。一介の研究者に過ぎないわたくしに出来ることなんてありませんわ」
「よく言うわ。倒せなくても身を守ることぐらい出来るはずよ」
「・・・余り使いたくないのですけど。特にあの人の前で」
ティリーの視線の先には蟲の悪魔と対峙する青年の姿がある。しかし、平常時ならともかくいまは非常時だ。そんなことも言っていられない。それに、
「今更隠しても無駄よ。多分最初に会った時点で気付かれてるから」
 目には見えないものが視えるアルベルトが気付かないはずがない。そう言うと、ティリーは観念したのかため息をついた。
「・・・・緊急事態ですものね。仕方ありません」
ティリーは立ち上がって服の汚れを払うと、先ほど悪魔を叩くのに使った分厚い本を取り上げた。ひどく使い込まれ角が磨り減った古めかしい本。それを小脇に抱え、彼女は悪魔達と対峙した。
「さて、本気を出すからには目一杯暴れてやらなくては。とりあえず魔法陣の発動者を何とかしてきますわ」



 かなりの広さを持つはずの地下室は無数の悪魔によって半ば埋もれていた。さすがに蟲が渦巻く魔法陣内を突っ切る気にはなれないので、陣の外側をぐるっと回っていく。やがて陣の反対側に辿り着いたティリーは、魔法陣をじっと見つめるメリッサの姿を発見した。その周りにはたくさんの蟲が飛び交っている。
(あれが邪魔ですわね・・・・・)
 進行方向の障害物は排除すべし。ティリーは本を開くと集中し始めた。
 熱風が服の裾をはためかせた。それは一瞬の後に紅の炎となり蟲達を飲み込んでいく。薙ぐように手を振ると、蟲は炎を一緒に弾き飛ばされた。
「悪魔を操るってどんな気分なんですの? メリッサ」
 炎でさらに蟲を蹴散らしながらメリッサに問いかける。術者を守るための小さな魔法陣の中で、メリッサは少し驚いたような顔をした。
「ティリー、あなた魔術が使えたのね? それ程の魔術の才を持っていたなんて、何故隠していたの?」
「能ある鷹は爪を隠すものですわよ。手の内を全てさらしてしまったらつまらないじゃありませんの。それにここはアルヴィア。教会に見つかったら大変なことになりますわ」
 喋りながらじりじりとメリッサに近付く。その間にも散らせた悪魔がどんどん集まってくる。視線はメリッサに向けたまま、周囲に炎を巡らせて蟲の侵入を阻んだ。
「それで? 何が分かったというんですの?」
 そう問いかけると、メリッサは狂気じみた笑みを浮かべた。それは魔術の炎に照らされて、暗闇の中で不気味に浮かび上がる。
「これは素晴らしい力だわ。悪魔教信者達が縋りたがるのも分かる。これさえあれば、誰にも邪魔されず研究ができる!」
悪魔との取引は単純明快だ。払った犠牲の分だけ返りが来る。身も蓋もないことを言ってしまえば、神に祈っていつ来るかわからない救いを待つよりも悪魔の力に頼る方が手っ取り早いのだ。
今のメリッサのように。
「こんなことをしてでも研究したいというんですのね」
「あなたにだってあるでしょう? どんな犠牲を払ってでもやりたいことが」
「もちろんありますわ。だからここで死にたくありませんわね。というわけで、悪魔召喚、止めていただけません?」
「無理ね。いまさら止められないわ。それにさっきも言ったでしょう? 悪魔達はまだまだ生贄を求めてる。だからあなたに生贄になってもらわないと」
 そこで、気付いた。
蟲達が陣の中のメリッサをじぃっと見つめている。そこには忠誠も服従の意志もない。
 腹をすかせた獣が、獲物を見る目と一緒だった。
「メリッサ。時間切れですわ」
 メリッサの周りに蟲が集まり始めていた。
「ご存じかしら。分を超えた術の行使は自らの破滅を招く。貴女ほどの方がそれを理解していないなんて意外ですわ」
 メリッサはそこでようやく己の身の危険に気づいたようだった。周りを見回し、集結する蟲達に向かって叫ぶ。
「待って、待ちなさい。生贄ならあいつらがいるでしょう!? わたしはあなた達の主よ。喚びだしたのはわたし――」
 メリッサの命令も空しく、蟲達は次々と集まってくる。それらは徐々に包囲網を縮めると一気に襲い掛かった。
 その時、一筋の炎が蟲の群れを切り裂き、強烈な重力が飛散する蟲達を押しつぶした。その隙間を駆け抜けて、ティリーは腰を抜かしたメリッサの胸倉をつかんで締め上げた。
「答えなさい。この悪魔達を止めるにはどうしたらいいんですの!?」
「そ、それは魔法陣を破壊して・・・・」
「それくらい分かっていますわ。わたくしが聞いているのは、どこをどう破壊するのが一番効果的かということですわよ! 答えなかったら・・・・分かっていますわよね?」
 にっこり微笑みながらそう言うと、メリッサは半泣きになりながら答えた。
「あの魔法陣の要(かなめ)は逆五芒星よ。それを破壊して最後に中心を叩けばいいわ! この悪魔達はまだ魔法陣とつながっているから、陣を破壊すれば悪魔達も消えるはずよ!」
「嘘じゃありませんわよね?」
「本当よ! 本当だから助けて!」
 嘘ではなさそうだと判断したティリーは、メリッサの腕を掴んで強引に引っ張ると蟲の壁を吹き飛ばして囲みから脱出した。群がる悪魔を炎で巻き上げ、地下室の出口へと向かう。
「邪魔ですわ!」
 襲い掛かる蟲を重力で地面に縫いとめる。だがどんなに魔術を放っても、蟲達は数を増やしながら追ってくる。
「・・・これは本当に身を守るだけで精一杯ですわね」
 普通の魔術では足止めぐらいしか出来ない。そうすればリゼのように悪魔を倒せる? 彼女はどうして魔術で悪魔を倒せるのだろう? どうすれば・・・
 その時、メリッサが立ち止まった。ティリーは反動で転びかけ、掴んでいた手が離れる。驚いて振り返ると、メリッサは恍惚とした表情でふらふらと悪魔のほうへ歩いていくところだった。ティリーが立ち上がり止めようと手を伸ばしたのと、メリッサは悪魔の渦の中へ入り込むのはほぼ同時だった。
鋭い悲鳴が響き渡った。先ほどまでの満足げな表情は消え、代わりに恐怖が浮かぶ。渦を抜け出そうともがくメリッサの身体に蟲が次々と取りついた。やがて肉を食む嫌な音がして、同時に悲鳴はふっつりと止んだ。
「・・・やっぱり悪いことはするもんじゃありませんわね」
 哀れとは思わなかった。むしろ当然の報いだ。研究のために人の命を奪うなんてこと、許される筈もないのだから。



 蟲の悪魔達はどんどん数を増しているようだった。
 斬っても斬っても浄化しても浄化しても一向に数が減らない。どうするべきか考えていると、背後から声をかけられた。
「何とか出来てないじゃない」
 振り向くと、そこに立っていたのはリゼだった。
「何してるんだ!? 怪我は!?」
「治した」