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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 アルベルトは首肯した。
「理由がどうであれ、誓願を破ったら『悪魔堕ち』か。決まりが何よりも大切な教会が言いそうなことね」
 冷ややかにそう言うと、リゼは立ち上がった。
「外を見てくるわ。魔物が襲来するような所じゃゆっくり眠れないから」
 気をつけて、というアルベルトの声を聞きながら、リゼは礼拝堂の外へ出た。



 魔物が定期的に来襲するということはこの村に魔物を呼び寄せる何かがあるということだ。
 そう考えたリゼは、礼拝堂を出た後村中を探すことにした。
 最もそれほど探す必要はなかった。少し気配を探っただけですぐにその場所が分かったからだ。
 村から少し離れた場所にある墓地。ここが一番悪魔の気配が強い。
 夕暮れ時になって出てきた雲のせいで月明かりが遮られ、日没直後だが夜闇は深い。明かりが少ないためか、悪魔の気配も気持ち悪いほど濃いものだった。どうやら弱い悪魔が多数集まって、一つの群体となっているらしい。
(ということは中心を叩くのが一番楽か)
 しかし、どの辺りだろう。こういう時、悪魔が視えれば便利だと思うのだが。
 よほど強い悪魔なら話は別だが、普通悪魔は目に視えない。リゼはそれなりに視えるものの、いつも黒い靄のようなはっきりとしない姿でだ。弱い悪魔となるとほとんど視えない。ただし気配は感じ取れるから、悪魔を探す時は基本、気配頼りである。
(そういやアルベルトはどうなのかしら)
 昼間村娘に会った時のことを考えると、リゼ以上に視えない、あるいは気配を感じられないということはなさそうだ。悪魔祓いが出来ないだけで、悪魔と戦うことは十二分に出来るようだし。
 手伝わせれば良かったか。ちらとそんなことを考えたがすぐに打ち消した。むこうが勝手にやるならともかく、魔女が悪魔祓い師に頼るなんてお笑い種だ。
 リゼは改めて墓地を見回した。折しも雲が晴れ、月光で辺りが少し明るくなる。先ほどまで見えにくかった遠くのほうに目をやると、そこに何かいることに気がついた。
(人・・・?)
 上弦の月は弱々しい光を放つのみで視界良好とは言い難い。不規則に立ち並ぶ墓標の間を通り抜け、リゼは十字架の側に蹲る人物に近付いた。
 それはリリーナだった。
「こんなところで何してるの?」
 返事はない。
「聞いてる?」
 リリーナはただじっとこちらを見上げている。まさか病人が夜墓参りという訳ではないだろう。ひょっとして夢遊病なのだろうか。放置するわけにもいかずどうしようかと考えていると、不意にあることに気がついた。
 リリーナから悪魔の気配はしない。しかし何かが違う。何かがおかしい。この違和感は一体何なのだ?
 その時、リリーナが立ち上がった。



「ヨハン神父。リリーナさんはもう死んでいます。奥さんの身体を動かしているのは悪魔だ」
アルベルトの声が礼拝堂の静寂を打ち破った。
一時は村人で満員になった礼拝堂も、救護が終わり、皆家に帰った今となってはがらんとしてどこか物寂しい印象を受ける。その静けさの中、祭壇の前で祈りを捧げていたヨハンは、アルベルトの言葉を受けて祈りをやめ、ゆっくりと振り返った。
「・・・どうしてわかったんだね? もう一人は気付いていなかったというのに」
 ヨハンは理解しているのだ。自身の妻が今、どんな状態にあるのかを。
 アルベルトは答えた。
「昔から悪魔もそれ以外のものもはっきり視えるんです。普通の人には視えない色々なものが。良い事ばかりではありませんが」
 悪魔、幽霊、その他諸々。アルベルトが見る世界は他の人とは少し違う。
 普通の人は知らないだろう。この世には、空を覆い尽くすほどの悪魔がいることを。
「リリーナさんには魂がない。空っぽの身体に悪魔が入り込み、操っている。俺にはそう視えます」
「なるほど、それは稀有な能力だ。悪魔祓い師といえど、君のような眼を持つ者は滅多にいないだろう」
 そう。悪魔祓い師だからといって、全ての悪魔が視える訳ではない。むしろアルベルトのようにはっきり視える者の方が少ないのだ。この能力があったからこそ、アルベルトは悪魔祓い師になれたとも言える。
 けれど、今重要なのはそのことではない。
「何故リリーナさんをあのままにしておくのですか? 魔物の襲撃もあの悪魔が原因でしょう」
 悪魔が魔物を呼び寄せることがある。悪魔同士呼び合うのだろう。元々悪魔祓い師であったヨハンがそのことを知らないとは思えない。自分にも村人にも危害が及ぶと分かっていて、何故何もしなかったのか。
「妻が悪魔に取り憑かれたとき、私は何も出来なかった」
 ヨハンはぽつりぽつりと話し始めた。
「誓願を破った私にもはや悪魔を祓う術はなく、悪魔堕ちした罪人の妻を教会が救ってくれるはずもない。妻が苦しみ、死にゆく様をただ見ているしかなかった。
 しかし、妻は死んだ次の日の朝、ベッドから起き上がって笑っていた。
すぐに悪魔が死んだ妻の身体を動かしているのだと分かった。妻が死んだのは確かなのだから。けれど、妻の中にいる悪魔は、気配すら感じられぬほど上手く妻と同化している。妻が悪魔憑きであることを忘れてしまえば、今まで通り彼女と共に生きていくことが出来る」
「あれはもうリリーナさんでは――」
「分かっている!!」
 語気は強かったが、その声は搾り出したような掠れたものだった。
「分かっている! このままの状態が続けば、村人達を危険にさらし続けることになる。だが、どうしてもあの悪魔を消すことは出来ないんだ。あれがいなくなればリリーナは死者に戻ってしまう。そうなったら、私は・・・」
 言葉は最後まで続かない。そんなヨハンの様子を見ながらも、アルベルトは悪魔祓い師としてこう言うしかなかった。
「リリーナさんは今どこに?」
「待ってくれ。妻には――」
「どこにいるんですか?」
 ヨハンはかろうじて聞き取れるぐらいの小さな声で、廊下に出て正面の部屋だ、と言った。アルベルトは礼拝堂から出ると狭い廊下を通って正面の扉へと向かう。そして静かに戸を開いた。
 部屋の中には誰もいなかった。
「・・・どうしていないんだ」
 アルベルトの後ろで、ヨハンがそう呟いた。
「リリーナはどこへ行った!?」
 よく調べても人どころか鼠一匹いない。色を失ったヨハンが家中を探し回ったが、リリーナの姿はどこにも見えなかった。
 最悪の予想が当たったのかもしれない。アルベルトはヨハンにその最悪の予想を話した。
「ヨハン神父。残念ながら今のリリーナさんは魔物と同じです。魔物が生きた人間に絶対に手を出さないと思いますか?」



 地面から現れた無数の手がリゼに掴みかかった。枯れ枝のような細い腕だが、その力は強い。剣で払うと抵抗なく斬れて骨ばかりの断面をさらしたが、そうしているうちにも次から次へと手が掴みかかってきて、すぐに動きを封じられてしまった。
 リゼは剣を振るのを諦めた。意識を集中し、魔力を呼び起こす。
『凍れ』
 周囲の気温が下がり、墓土から伸びる手が凍り付いていく。氷漬けになったそれを砕き、一気に消し飛ばした。