小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

INDEX|11ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

村や町一つ一つに派遣できるほど悪魔祓い師の数は多くない。本来ならこんな小さな村に悪魔祓い師が来るはずがないから、神父は二人を偽者だと思っているのだろう。確かにリゼは悪魔祓い師ではないし、アルベルトも教会を出てしまっているので、騙しているといえばそうなのだが。
「地獄へ落とされるとでも? 残念ながら私は地獄なんて怖くないわ」
 案の定、リゼは喧嘩腰だった。この神父と事を構えるわけには行かない。アルベルトはリゼを制し、神父に自分達は村人に危害を加えておらず、またそのつもりもないことを伝えようとした。
 しかし、それは遠くから聞こえた悲鳴によって遮られた。さらに布を引き裂くような奇声が続く。周りの村人達がはっと身を強張らせ、恐怖の表情を浮かべる者もいた。
「ま、魔物だ!」
誰かのその一言によって、緊張感が見る見るうちにパニックへと変わった。羊も仕事道具もほっぽりだし、皆、家の中へ逃げ込んでいく。もはやアルベルト達に構っている場合ではないのか、神父は身を翻すと逃げる村人達とは逆の悲鳴が聞こえた方へ脇目も振らず駆けて行った。
「このタイミングで魔物?」
「みたいだな。行こう」
 二人は神父の後を追って魔物がいる方へと走っていった。
 悪魔が取り憑くのは人だけではない。人以外の動物もまた悪魔に取り憑かれ、死した後に魔物と化す。つまり、死体に悪魔が取り憑いた状態を魔物と呼ぶのだ。
 そして今、巨大な鳥の姿をした魔物が村人達に襲い掛かっていた。耳障りな甲高い啼き声があちこちから聞こえてくる。
 アルベルトは村人を追いかけていた魔物の頭部を斬り落とした。ぼろぼろになった寄主の身体から悪魔が離れる前に、祈りを唱えて消し飛ばす。そうやって次々に魔物達を倒していった。
 あの神父は倒れた村人の前に立ち、魔物と対峙していた。魔物と戦うつもりのようだが、手にしているのは小さなナイフで、とても役に立つとは思えない。魔物も恰好の餌を前にして、歓喜を示す不気味な啼き声を上げた。
 しかし神父は動じることなく懐からガラス瓶を取り出した。ロザリオを握りしめ、中の水を空中へ撒き散らす。その飛沫が魔物に降りかかった。
「邪悪なるものよ。神の名の下に汝に裁きを!」
 ぎゃあぎゃあと魔物が苦痛の声をあげる。その無防備な脳天に神父が深々とナイフを突き刺し、魔物は完全に沈黙した。
 そのすぐ近くで別の魔物が子供を追いかけていた。神父は逃げ遅れた子供を抱きしめ、自らの身体を盾にした。怪鳥の鉤爪がその背を襲う。鮮血が散り、子供が悲鳴を上げた。
 二撃目が加えられる前に、アルベルトが怪鳥の翼を切り落とした。それは大きな音を立てて地面に落ち、しばらく蠢いた後動かなくなった。
「あ、あなたは・・・」
「ここは俺達に任せて今のうちに逃げてください!」
 神父はしばし逡巡したが、どのみちこの怪我では満足に戦えないと考えたのか、村人達の手を借りてその場から離れた。
「無茶なことするわね」
 魔物を数匹まとめて魔術で倒したリゼが神父の後ろ姿を見てそう呟いた。
「・・・君がそれを言うのか?」
 五階の屋根から飛び降りるほうがよほど無茶だと思うのだが。どうも彼女は無茶を無茶と思わない節があるとアルベルトはつくづく感じていた。
「さっさと片付けましょう」
 そう言うとリゼは単身魔物の群れに突っ込んでいく。アルベルトはため息をついてその後を追った。
 ほどなくして、村を襲った魔物は二人の活躍によって一掃された。



「あなたがたを誤解していました。申し訳ない」
 小さな礼拝堂の中で、二人は神父――ヨハンと名乗った――と向かい合っていた。礼拝堂と言っても普通の住居を改装して長椅子と祭壇を置いただけの簡素なものだ。今は怪我をした村人達が運び込まれ、足の踏み場もない状態になっている。
「悪魔祓い師の名を騙る輩が少なくないのでね。あなた方は本物のようだ」
 悪魔祓い師どころか魔女として追われています、と言ったらこの神父はどうするのだろう。勿論訂正するつもりはないが、名乗った覚えはないのに詐欺師扱いされるのはたまったものじゃない。
「それで、悪魔祓い師が一体何の用でこの村に?」
「用なんてないわ。偶々通りかかっただけよ」
 事実なのだが、ヨハンは怪訝そうな顔をした。見兼ねたアルベルトが、恥ずかしながら道に迷ったんです、と付け足した。
「俺も一つ聞いてもいいですか」
 村に来た理由について、一応納得してもらえた後、アルベルトがヨハンに問いかけた。
「なんだね?」
「あなたは悪魔祓い師ですね」
 ヨハンの顔から穏やかな笑みが掻き消えた。
「知っているんだな。私が『悪魔堕ち』した悪魔祓い師であることを」
 さっと彼は立ち上がった。その手にはナイフが握られている。
「待ってください! 俺達はあなたを捕まえにきた訳では・・・」
「何を言う。悪魔祓い師が何の用もなくこんな場所まで来るはずがない」
 ヨハンの顔には明らかに敵意が浮かんでいる。よく分からないが、彼は教会に捕まるようなことをしたらしい。
むしろ同じ立場にあるリゼとアルベルトに、ヨハンを捕まえる理由があるはずがないが、彼は二人を悪魔祓い師だと思っている。どうしようかと考えたリゼは、今にも斬りかかってきそうなヨハンに向かって、ふと思いついたことを言った。
「私達は今、重要な任務についているの。神の命令でね」
 勿論嘘だ。どうせ悪魔祓い師だと思われているのだから、こうなったら利用してやるつもりだった。
「だから今から教会に戻って報告している暇はない。教会もあなたを捕まえるために人手を割くほど暇じゃないわ。最もあなたが戦うつもりなら、あなたを捕まえて教会に連れて行く」
 重苦しい沈黙が降りた。やがてヨハンは分かった、と答えてナイフを納め、アルベルトは安堵のため息をついた。
 その時、奥の扉が開いて金髪の痩せた女性が現れた。
「リリーナ!」
 ヨハンは顔色を変えてその女性に駆け寄った。女性の顔は青白く、今にも倒れそうだ。
「騒がせてすまない。もう魔物はいないから、安心して部屋で休んでいなさい。私一人で大丈夫だから」
 ヨハンがそう言い聞かせると、リリーナは素直に頷いた。そして危なっかしい足取りで出てきた扉のほうへ戻っていく。悪魔の気配は感じられないから悪魔憑きという訳ではなさそうだ。となると病気だろうか。
 ふと隣を見ると、アルベルトはリリーナが出て行った扉をじっと見つめていた。何かを考え込んでいる。
「あれはまさか・・・」
「アルベルト?」
「いや・・・」
 彼は自分の考えを打ち消すように首を振ると、戻ってきたヨハンに質問した。
「あの人はどなたですか?」
「あれは・・・私の妻です」
 その一言で、アルベルトは理解したという顔をした。
 何のことかよく分からない。村人に呼ばれたヨハンが席を外した後、リゼはアルベルトに説明を求めた。
「『汝、神の他に愛するものを持つなかれ』。悪魔祓い師が絶対に守るべき誓願の一つだ。つまり悪魔祓い師は結婚を禁止されているんだよ」
「なるほど。それで『悪魔堕ち』は?」
「悪魔祓い師が誓願を破り、神に背くことだ」
「・・・じゃああの神父は結婚したから『悪魔堕ち』した悪魔祓い師なの?」