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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅰ

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 全く妙なことになった。うっそうと茂る森の中でリゼ・ランフォードは嘆息した。
 視線の先には一人の青年。漆黒の髪と瞳に、若い娘に騒がれそうな端整な顔立ちだ。もっともリゼとて若い娘だが、青年の美醜など彼女にはどうでもいいことであった。
「なんだ? リゼ」
 視線に気づいた青年が振り返る。リゼはふいっと目をそらした。
「別に」
「? そうか」
 青年――アルベルト・スターレンはリゼの態度に首を傾げたが、わざわざ問い質すことでもなし。彼は前に向き直ると、目の前の山道を登り始めた。
 そう。何が妙なことかというと、何の因果かこのお人好しの悪魔祓い師と同道することになってしまったからだ。



 常緑樹が葉擦れの音を奏で、草花が風にそよいでいる。空はまたとない快晴で、行楽には最適の日だ。
勿論ピクニックをしに来ている訳ではない。この山道は山間の村々を繋ぐ地図にも乗らない道――ラオディキアで助けた御者が教えてくれた――であり、教会に極力近付かないで旅が出来る道なのだ。
 ラオディキアでの一件の後、リゼはせめて一緒に逃げた元貧民街の住民達だけでも、安全な場所まで送り届けるつもりだった。住民達の大半が着の身着のままで、なおかつ健康状態が優れない者が多かったからだ。
 しかしラオディキアの騎士達が追いかけてきていることを知り、住民達と一緒にいるのは危険だということに気が付いた。正確にはリゼと一緒にいることが住民達にとって危険なのである。
 リゼは自分が囮となることに決めた。あくまでも教会の狙いは魔女一人。わざわざ手勢を割いて住民達を追ったりはしないだろう。住民達は反対したが、最後には渋々ながらも納得してくれた。その直後だった。一人の人物が共に囮役になると宣言したのである。その人物こそがアルベルトだった。
 それが約一週間前の出来事だ。騎士達を振り切った後も、諸々の事情から二人はそのまま協力体制を継続し、現在に至るという訳である。
 ただ、リゼは少々後悔していた。アルベルトは知識もあれば武芸にも優れ、そういう意味では頼りになる人物ではある。問題なのはその性格だった。
 要するにリゼとは全くの正反対なのである。何かと大雑把で沸点の低いリゼと、真面目で温和なアルベルト。性格が百八十度違う人間の相手にするのはこんなに疲れるものなのかと、リゼは新たな発見をした気分であった。最もそれは、家族以外の人間とろくに付き合ったことのないせいでもあるのだが。
 もう一つ言うと、リゼはまだアルベルトを信用しきっていなかった。助けてもらったのは確かだが、アルベルトは悪魔祓い師だ。彼がいかにお人好しだろうと、何の考えもなく行動しているとは思えない。前を歩く彼の姿を見ながら、リゼはこの悪魔祓い師は一体どういうつもりなのだろうと考えていた。
 不意に前を歩くアルベルトが立ち止まった。道が少し開け、見晴らしが良くなっている場所だ。別に前方に何かいる訳ではない。ただ空を見上げている。と、アルベルトの視線が空から地上へと降りた。
「リゼ、急ごう」
「え? いきなり何?」
 仕方なくアルベルトの後について道を進む。マイペースなのかはたまた天然なのか。時折出る彼の脈絡のない言動に慣れないので、こういう時、対処に本当に困る。名前を聞かれたときもそうだった。
 しばらく進むと森が途切れ、青草に覆われたなだらかな斜面に出た。緩やかに蛇行した道の先には村があり、途中の草原で羊がのどかに草を食んでいる。その群れの中に、村娘とおぼしき少女が倒れていた。
 アルベルトはすぐさま駆け寄ると村娘を助け起こし、声をかけながら二、三度揺さ振った。うーんと呻き声を上げ、村娘が目を覚ます。彼女は目の前にいる人物に目を留めると、ひどく驚いた様子で飛び起きた。
「だだだだだ誰ですか!?」
「驚かせてすみません。私は悪魔祓い師です。」
「悪魔祓い師様・・・? そういえば、あたし、さっき倒れちゃって・・・」
「何があったか話していただけませんか?」
 事態が呑み込めないのか村娘は一瞬言葉を詰まらせる。そしてどこかぼうっとした表情で答えた。
「え、えっと、羊の番をしていたら急にめまいがして・・・そういえば少し息苦しいような・・・」
 そう語る彼女の顔は朱に染まっている。視線はアルベルトに釘付けだ。穴が開くほど見つめられているのに当人はさほど気にした様子もなく、少し考え込むと冷静に言った。
「落ち着いて聞いてください。あなたは悪魔に取り憑かれています」
突然の宣告に村娘は凍り付いた。無理もない。『あなたはもうすぐ死にます』と言われたようなものだからだ。今の宣告を疑いつつも、赤くなった顔が見る間に青ざめていく。
 驚いたのはリゼも同じだった。確かに彼女は悪魔に取り憑かれている。しかし、どうやらアルベルトは村娘の姿を見ないうちに、彼女が悪魔に取り憑かれたことに気付いていたようなのだ。
 後で聞いてみなければ。その前に、リゼは村娘に一歩近付いた。
「とにかく悪魔祓いをしたほうがいいわ」
 そう言うと、村娘はたった今存在に気付いたかのような目でリゼを見た。どうやら今までアルベルトしか目に入っていなかったらしい。
「動かないで」
 何か言おうとした村娘を制し、悪魔祓いの術を使う。取り憑かれたばかりだったこともあり、すぐに悪魔を祓うことが出来た。
 村娘は立ち上がると自分の身体を見回した。そして二人に向き直ると、深々と礼をした。
「なんだか気分が良くなりました。ありがとうございます。それで、あの、ひょっとして神父様のお知り合いの方ですか?」
「神父?」
「ええ、違うんですか? あ、そうだわ! 村にも悪魔に取り憑かれた人がいるんです! あの人たちも・・・」
「とりあえず村に案内してくれないか。話はそれからだ」
「は、はい!」
 こうして、二人は村娘に連れられて山間の村に向かったのだった。



 村に着いた後、リゼは相変わらずたった一人で悪魔を祓っていた。
 その姿を見るたびに、アルベルトは悪魔祓いを行えないことにもどかしい思いを抱いていた。儀式にかかる手間と人手が、こういうときに大きな障害となるのだ。
試してみなかった訳ではない。ラオディキアにいた時も、どうにか一人で悪魔を祓えないか何度もやってみた。けれど全く上手くいったためしがない。それほど悪魔祓いという術は高度なのだ。なにしろ、人の精神という複雑で非物質的なものに干渉する術なのだから。
故にリゼは救世主とよばれて然るべきだと思う。本人はその呼称を嫌がっているが。
 全ての悪魔祓いが終わるまでそれほど時間はかからなかった。悪魔憑きの数が思ったよりも少なかったからだ。しかし最後の悪魔祓いが終わり、リゼがいつものように村人に感謝の言葉を述べられていた時、
「一体何をしているのだ?」
 厳しい誰何の声が二人に投げかけられた。
 声の主は黒い法衣を着た壮年の男だった。この人が村娘が言っていた神父なのだろう。
「あなたがたは悪魔祓い師を名乗っているようだが、村人を騙そうというならやめなさい。神はあなたがたの悪行を見、その報いを受けさせようとするだろう」
険しい表情で神父はそう言った。