世界とセカイ
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「うぐはっ!!」
そいつは血を吐き出しながら地面へと倒れた。
「おい、てめぇさ。急に出てきて何言ってんだ?セカイ?行くかバカ!」
「……」
「おい何か言えよオラ!!」
今までに無い程ブチギレていた俺は、そいつの胸ぐらを掴むとグイッと自分の方に引き寄せた。
そいつの顔は先程とはうって変わって、俺と同じようにキレているようだった。
「痛てぇなこの野郎ッ!!」
胸ぐらを掴む俺の手を弾くと、その勢いのまま右手で俺を殴りとばした。
あまりのダメージに一瞬よろけたのを、そいつは見逃さず素早く立ち上がると最初の攻撃を加えた場所と同じ場所に、今度は蹴りを入れる。
「……ッ!痛ってっ!!」
始めて口から血を出したなぁ。
そんな事をその瞬間感じた。
そうだ。俺は今日の今まで一度も殴り合いの喧嘩なんかしたことがなかった。
一度も――――
――――喧嘩はダメだよ。相手がかわいそうじゃない。
不意にとある記憶が蘇る。
赤と黒のチェックのマフラーをいつも持ち歩いていたあの少女を。
そこまで思い出すと、自らが封印してきたトラウマまでも思い出す。
辛いから、ダメだ。思い出しちゃ……。
あまりの悲しさに涙が出そうになる。
完全に動きが止まっているのに攻撃してこないという事は、きっとこいつも俺の気持ちを分かってくれているんだろう。
「俺だからな。お前の考えている事くらい」
「おいっ、お前……本当に……」
俺がそう言うと、フッと柔らかく笑う。ポケットに手を突っこみ俺に背を向け、ゆっくりと歩み始めた。
「何も言うな。お前が言いたいことは分かるって」
次の言葉は聞こえなかったが口の動きで何となく分かった。
――――俺は本当に俺だから。だから……
「助けてくれ……?」
そいつはそう言っていた。とても悲しげな表情をして。とても苦しそうな目をして。
助けて。何故?
セカイ。何?
もう一人の俺。誰?
「……、もう、訳わかんないよ」
そう言って、あいつの歩いていった道をただただ、眺めていた。