短編集 1
血まみれになった自分の体を眺めてから、初めて泣いた君を霞ませながら俺の瞳は閉じられた。それから世界が反転することはなく、静かな生活を送ることができた。
9月1日、夏休みもようやく終わって蝉の煩わしい鳴き声ももうすぐ聞き納めることができると嬉しく思うのと反面、時々風が吹くと聞こえる涼しげな風鈴の音、近くに寄ればすぐにわかる潮の音、香りがほんの少しだけ愛しく思える。ただ、夏はやはり嫌いだな。鞄を肩から提げてまだ暑さの残る空気と、火傷をしてしまいそうなその熱に嫌気を差しながら歩いていた。
その時に、どこからやってきたかわからない白と黒の斑模様の猫が、車が来ているのにも関わらずそのまま道路を横断しようとして、轢かれてしまった。自分の身を挺して猫を助けようと思うほど動物愛護心は強くないけれど、この猫を助ければよかったと思ったことと、この猫自身には、引いた。
嗤っていた。
表情が全くないと言っても構わないほど、猫には表情を作るための筋肉はないと云われているのに、この猫は誰でもわかるほどに嗤っていた。目を開いて、まるで人間のように嗤いながら死んでいた。この異常性を見て、再び気分が悪くなった。
どこか気が付いていた。
俺がこの刹那から永遠に逃れることはできないのだと。ぼんやりとした熱が、死んだ猫の近くでうようよっと生き物のように蠢いた。あぁ、気色が悪い。
「あぁ、気色が悪い…」
――――――――――…永久に続く陽炎の刹那END(20111203)
.