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南国の雪嶺

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 健太がマウスをクリックした。すると、プンチャック・ジャヤの北側にかつてあった盆地は見る影もなく、資源採掘で出来た大きなクレーターがそこにあった。
「おじいちゃん、ここは銅とか金が採掘されるんで、今やアメリカのフリーポート社がやりたい放題にやっているよ。一般人ももう、この地域には入れないんだって。政府の許可が下りないらしいよ」
「そうなのか?」
「うん。この鉱山は下流のマングローブを絶滅させ、生態系を大きく崩している。イリアンももう秘境とは言えないね。それに地球温暖化の影響でプンチャック・ジャヤの氷河は大きく後退しているんだって。メレン氷河は二〇〇〇年には消滅が確認されているんだ」
「おお、何ということだ! 儂の思い出が、青春が消されていく!」
 高井はパソコンの画面を覗き込みながら嘆いた。
「健太や、儂が死んだら骨をニューギニアに散骨してくれ」
「おじいちゃん! 縁起でもないこと言うもんじゃないよ」
「いや、儂にはわかる。儂が天に召される日は遠くない。友が迎えに来る気がするよ……。ところで健太、ゴクラクチョウの写真は検索できないか?」
「はいはい、ゴクラクチョウね」
 健太がキーボードを叩いた。そしてマウスをクリックすると鮮やかなゴクラクチョウの写真が画面に映し出された。それを見て高井ははらはらと涙を流した。
「どうして、ゴクラクチョウの写真で泣くの?」
 健太が不思議そうな顔をして、高井の顔を覗き込んだ。
「おじいちゃんは昔、この鳥に助けられたんだよ。戦時中のことだけどね」
 敷島は数年前に他界していた。高井は健太の家を訪れた三日後に肺炎で入院した。そして、そのまま帰らぬ人となったのだ。戦争の語り部がまた一人、いなくなった。高井はニューギニアに散骨されることなく、近くの寺に墓が建てられたが、健太は祖父の魂がニューギニアへと飛んだと信じていた。
 プンチャック・ジャヤことカルステンツ・ピラミッドはその足元を資源採掘で削られながらも、今日も悠然とそびえている。

(了)
作品名:南国の雪嶺 作家名:栗原 峰幸