「舞台裏の仲間たち」 19~21
「黒光(こっこう)のことは、ご存じ?」
「いいえ、まったく知りません。」
「そう・・・
このブロンズ像の「女」が生まれたいきさつを知らないというのに、
あなたはなんという、すばらしい感性の持ち主でしょう。
碌山のかなわぬ恋への、
やりきれない想いのたけが、
このブロンズ像には存分にこめられているそうです。
見る人によっても、
見る角度によっても
感想は、人によってそれぞれに変わるそうです。
そうですか・・・
あなたには、黒光の性(さが)が見えましたか。」
「黒光の性、ですか・?」
「黒光は、才気に溢れた明治の女性でした。
先走りしすぎる才能のために、すこし才気を隠しなさいと、
恩師が、「光を黒くする」と命名をしたそうです。
碌山が命をかけて、心底惚れぬいたという
叶わぬ恋のお相手で、悲しい事に黒光は妊娠中の人妻でした。
お嬢ちゃんには、
それが見えたようですね。」
腕を後ろ手に組み、
身体を右に回しながら天空を仰ぎ見る「女」のポーズは、
複雑に構成されたものでありながら、足下から額へと静謐に貫き流れる
螺旋状の上昇感を色濃く漂わせていました。
ロダンに影響を受けたという西洋的な動感と、
仏像に見られるような、東洋的な静感をあわせもったこの作品は、
芸術と切実に向い合った碌山の到達した高みであるとともに、
近代日本彫刻を象徴する 一大傑作となりました。
それと自体と相まって、
「女」がたたえている浪漫性と、なによりも碌山自身が悩み苦しんでいた、
相馬良(黒光)への思慕という物語とが、多くの人々の心をいまだに
魅了し続けている最大の理由かもしれません。
おばあちゃんがにっこりとほほ笑んで、茜を手招きしました。
コクンとうなずいた茜が、素直に歩んでおばあちゃんの隣にたちました。
おや・・・そのツウショットはまるで、知らない人が見たら、
二人が親子のように見えてしまいます。
(20)へつづく
作品名:「舞台裏の仲間たち」 19~21 作家名:落合順平