And Then ~すべては、そこから…~
「まだ、もう少しだけ……」
そう言って、あすかは徳野の腕を握り締めた。
「でも……」
でも、なんだ?自分はこれを望んでいたのではないか。
違うのか。本当は、あすかに恋心を抱き、そしてこの場所で恋に落ちた。それが事実。
でも、ずっと認めたくなくて、必死に保子を愛しているふりをした。
保子を傷つけたくない、という理由で。
けれど、それは自分が傷つきたくないの裏返しだった。
「ずるいのは、分かってる。でも、どうしてもまだあなたといたいの。友達として、でもいいから……」
伏し目がちに、あすかが言った。
そのあすかの姿に、徳野の胸がキュンと締め付けられる。
そして、この腕であすかを抱き締めたいという衝動に駆られた。
ずるいのは、たぶん自分の方なのだ。
その言葉を、あすかから聞くのを待っていたのだから。
「いいよ。友達としてなら」
言い訳は、時として都合のいい言葉を見つける。
誰も傷つかない方法を探し出して、そして自分を守るのだから。
徳野は、小さく震えるあすかの掌を自分の腕から静かに外して、その掌をきつく握り締めた。
柔らかなその掌は、指先だけがとても冷えていた。
高鳴る鼓動は更に激しくなり、今まで抑制されていた熱情が解放される。
抑えきれない欲情の数々が、止め処無く溢れ出した瞬間でもある。
これから自分はどこに向かっていくのだろう。
行き交う観光客の合間を縫って、どこへ行こうとしているのだろう。
果たして、あすかと繋いだこの掌をパッと離すことが、今の自分には出来るのだろうか。
理性が本能に問い掛けた。
時には理性を失って、本能を解放してあげることも必要なことなのだろう。
けれど、徳野の性格上そんなことは分かっていても、はい、それじゃ、と言って器用に切り替えることなんて皆無に近い。
なら、どうしたらいいのだろう。
――そうか。そうなのだ。と徳野は気づく。
手っ取り早い方法。それは、仕事モードに脳を切り替えること。
仕事としてなら、やり手としての実績がある。
それなら大丈夫だ。仕事なら、くだらない情なんかいらない。
そう。これは仕事。だから、あすかという女性が喜んでくれるように接待をすればいいだけ。
それなら、どんな言葉だって、行動だって思い付く。
相手が喜ぶこと全てが。だから、自分はこれからあすかという女性を接待する。
それが、今日の役目―――。
作品名:And Then ~すべては、そこから…~ 作家名:ミホ