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And Then ~すべては、そこから…~

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「私、ずっとここに来たかったんだ〜」

倉敷駅前の風景が現れた時、あすかが言った。

「えっ、そうなの?昨日、詳しいって……」

「だって、なかなか一人じゃ来づらくって。ごめんね。怒った?」

そう言って、あすかが手を合わせて可愛く謝る。

「い、いや。そんなことは……。僕も、ずっとここに来たかったけど、なかなか一人じゃこれない場所でもあったから……」

徳野はあすかから視線を外し、照れるように言った。

「良かった。徳野さん、優しくて。私、本当のこと言ったら怒られるんじゃないかって思って、昨日からずっとドキドキしてたの」

「昨日から?いやいや。そんなことでは怒らないよ」

「ねぇ?ちょっと、写真撮ってもいい?」

「えっ?ぼ、僕を?」

徳野は慌てる。

「やだ〜。違いますって。駅前の風景を、です。徳野さんって、ホント面白い方なんですね〜」

と笑って、あすかはバッグからデジカメを取り出した。

そ、そうだよね。当たり前か……。と徳野は呟き、デジカメで写真を撮るあすかを見つめた。

自分の受け答えを全て冗談として受け取ってくれるあすかに、徳野は好意を抱きつつあった。

でも、それは人類愛であって決して恋とか愛ではない。

そう自分に言い聞かせつつも、やはりあすかという女性が気になるのは事実。

徳野は、あすかの横顔を見つめてから、あすかが今写真に収めようとしている風景を眺めた。

「私、ブログをやっていているんです。良かったら、徳野さんも覗いてみて下さいね。あとで、URL送りますから」

「じゃ、今日のことも?」

「勿論。載せちゃいます」

そう言って、あすかは笑った。

「彼氏、大丈夫なの?」

「どうして?」

「どうして、って?いや…、その……」

徳野はどう言ったらいいものかと悩む。

まさかとは思うが、自分のことを書くつもりでは?などと不覚にも思ってしまったからだ。

「それより、行きましょうか?もっと色んなところも撮りたいし」

「そ、そうだね。行こうか」

「たぶん、この道が中央通りだから、まっすぐ歩けば美観地区に辿り着くのよね?」

そうだね。と徳野が頷く。

そして、二人は道なりに歩き出した。

美観地区に辿り着いた徳野は、ホテルに置いてあったパンフレットを取り出した。

「ねぇ?美術館に行く?それとも、少し早いけどお昼にする?」

徳野は、写真を撮っているあすかの背中に向かって尋ねた。

「景色が撮りたいから、このままプラプラ歩いてもいい?」

そう言って、あすかが申し訳ない顔をした。

「あ、あぁ……。じゃ、そうしようか」

「ごめんね。我が儘言って」

「いいよ。僕も、散策は嫌いじゃないから」

徳野はあすかに笑って見せた。

こんなに天気がいいのに、屋内に入るのは少し勿体無い気がした。

でも、あすかが歩き疲れたんじゃないかと思って少し心配になったのだ。

けれど、それは思い過ごしだったみたいだ。

「ねぇ?川沿いに向かって歩かない?」

と言って、あすかは徳野の返事を待たずに歩き出した。

レトロ調の街並みは、徳野の心を躍らせた。

熱心に写真を撮るあすかにつられ、徳野も携帯カメラで写真を撮る。

この街に来なければ、絶対に出会えない風景。

土曜日ということもあり観光客は多い。でも、それを除けばやはり来て良かった、と思った。

この素敵な風景を、保子に送ってやろうか。

と写したばかりの写真を見て、徳野は思う。でも、その思いはあすかに呼ばれ掻き消されてしまった。

「あっ、今っ?」

「徳野さんの、不意の顔、頂き〜」

そう言って、無邪気な顔をしてあすかが笑った。

「それは、ずるいよ〜。今の、見せて?」

「イヤ」

あすかはデジカメを徳野に取られないように、後ろに隠す。

「消さないからさ〜。見せてよ?」

「嘘。そう言って、ホントは消しちゃうんでしょ?」

「そんなことしないよ。でも、ヘンな顔だったらちょっとイヤだな、なんて思ってさ」

「ホントに?でも、私の彼はそう言っていつも消しちゃうから、やっぱりダ〜メ」

徳野の心が痛んだ。どうして?と自問自答をする。

勿論、答えなど出ない。いや、違う。答えなど出せないのだ。

もし、答えを出してしまえば―――。

そう考えた時、急に保子が恋しくなった。

やはり、自分は保子を愛している。でなければ、こんな時に保子のことを思うはずがない。

徳野は、心の片隅に芽生えたあすかへの思いを必死に断ち切ろうとした。

「ねぇ?彼女に、何かお土産とか買っていってあげないの?」

突然、あすかに彼女のことを言われ、徳野は焦る。

「そ、そうだね。じゃ…、ちょっと買ってこようかな。ここで待っててくれる?」

あすかは微笑んで頷いた。

それを確認した徳野は、ちょうど目に付いた雑貨屋さんで保子のお土産を買うことにした。

保子にお土産といっても久し振りのことで、何を買ったらいいものかと悩む。

徳野は店員にアドバイスを貰い、倉敷ガラスで作られた小物とちょっとしたアクセサリーを買うことにした。

急いでお土産を買ったつもりが、かなりの時間を費やしたみたいだ。

あすかは少し先にある橋の上で電話をしていた。

だぶん、彼氏だろう。徳野は邪魔をしないようにと、店先をプラプラと見ながらゆっくりと歩く。

と、ふと時間が気になった。

時計を見ると正午をとうに過ぎていた。

一人だと時間はゆっくり流れるのに、二人だと時間が経つのは早い。

もう少しだけあすかとこうしていたい、と名残惜しい心が現れた。

それぐらい、とても楽しい時間でもあった。

けれど、無常にも時間は刻一刻と過ぎていく。

徳野は、夕方の便で札幌に帰らなければならない。

あすかと一緒にいたい気持ちと、あと数時間で札幌に戻らなければいけないという焦る気持ち。

鬩ぎ合う心は、徳野に色々な言い訳を繰り返させるも、一向に結論は出ない。

当然だ。選択肢は沢山あるようにみえて、本当は無いに等しいのだから。

それに、これから先あすかという女性とどうこうなろうとは、皆無に近い話。というより、そんなことはまかり間違ってもないだろう。

互いに、相手がいるのだから。

なら、自分はどうして迷っているのだろうか。

久し振りに若い娘とデートが出来て、逆上(のぼ)せ上がっているだけなのだろうか。

ただ単に理由がそれだけなら、答えは簡単だ。もう答えが出ているのだから。

自分は、あともう少しで帰らなければいけない、ということをあすかに告げるのみ―――。