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And Then ~すべては、そこから…~

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「そうよ。ねぇ、徳野さん?マスターったら、いつもこうなのよ〜」

ふいにあすかに呼ばれた徳野は、曖昧な返事をした。

というより、そうするしかなかった。

全くといっていいほど、二人の会話を聞いていなかったのだ。

真面目すぎる性格とは、やはりちょっとした冗談でも通じないものなのだろうか。

全てを本気にしてしまうのだから。だからなのだろうか。冗談の通じない面白くないヤツ、と言われてしまうのは。

そのことに気づいていながら、だからといってすぐに性格が変わるかといえばそうもならない。

生まれ持った性格は、上辺だけ取り繕っても根っこの部分が変わらない限り何も変わらないのだから。

それにしても、徳野は自分の飲み込みの悪さに落ち込んだ。

徳野は疑いもせずに二人が付き合っているものだと迂闊に思い込み、けれどそれは違ったかと思えば、次に店主があすかよりも若い奥さんがいたという衝撃的な事実が舞い込む。

嘘と誠が同時にやって、徳野に、どうだ!と言わんばかりに降り注ぐのだから。

けれど、だからといってそれはそんなに重大なことか?と考えたら、そうでもない。

適当に相槌でも打って、聞き流せば済む話だ。でも、徳野はそれが出来ない。

これが仕事なら、絶対に自分はなんなくやり過ごせるはずだ。

と自分自身を慰めてみるものの、やはり虚しいだけだった。

「徳ちゃん?早くお茶漬け食べちゃいなよ。冷めちゃうで」

ボーっとする徳野に店主はそう言い残して、奥に座っているカップルに呼ばれて行ってしまった。

なので、徳野が囁くように呟いた返事は店主には聞こえてはいなかった。

「徳野さんは、ここを出たらまっすぐホテルに帰るの?」

お茶漬けに口をつけたところに、あすかがまた話し掛けてきた。

「えっ?あっ…ま、まぁ……」

またもや曖昧な返事となってしまった。

「そう……」と言ったまま、あすかが黙る。

そして、奥の席でカップルと店主が談笑している光景を眺め出した。

旬であるさわらは美味しいはずなのに、どうしてだろう、味気なく感じる。

そしてまた、居心地の悪さが襲ってくるのだった。

どうして自分は、こうも饒舌ではないのだろうか、と今更ながら反省してみた。

もし、これが仕事であればどんな言葉でも出てくるのだろう。

仕事だから、で全てが片付くのだから。

けれど、今は仕事とは無関係。さっきまでスムーズに会話をしていた自分が、懐かしく思う。

と、ふと以前同僚にオンとオフの差が激しすぎる、と言われたことを思い出す。

お前は、会社ではやり手で尚且つユーモア溢れる面白いヤツなのに、なんでプライベートだとこんなに地味でつまんないんだ?と。

そんなことを真顔で聞かれても困る、と思った。

けれど、言い返せなかった。自分自身でも、どうしてそうなのかが分からなかったからだ。

一歩会社から離れてしまえば、地味で冴えないサラリーマン。

そう認めざるを得ない生活であり、これが本来の姿であるのだ。

会社にいる時の姿は仮であって、本来の自分ではない。

だからなのだろう。仕事が終わると、どっと疲れが押し寄せてくるのは。

そして、仕事が終わってまで会社の連中とは付き合いたくない、という思いが強くあり、今の今まで極力人付き合いを避けてきたのだから。

たぶん、この生活は変わらないのだろう。この地味な性格が変わらない限り、これといった趣味もない地味な生活を送り続けるのだろう。

けれど、こんな自分にも唯一の楽しみはある。

それは、趣味、と言い切っていいのかは分からないけれど、月に何度かある本社での会議のあとに立ち寄るこの居酒屋と、次の日の休みの合間にする岡山の散策だ。

会議は、必ずといっていいほど金曜日にある。

会社は週休二日制なので、土曜日に帰るか日曜日に帰るかは自由なので、業務に差し支えることはない。

それが、徳野の唯一の楽しみといつの間にかなっていた。

お茶漬けが半分ほどになった時、徳野の携帯が鳴った。

付き合って3年になる4歳年下の飯野保子からだった。

徳野は、電話に出るため席を外した。

「ごめんなさい。忙しかった?」

「いや、大丈夫だよ」

と言って、徳野は夜空を見上げた。

夏の匂いがする夜風を肺一杯に吸い込み、そして静かに吐いた。

窮屈だった心が一気に開放される。

「明日、戻る予定なのかしら?」

そうだな……、と呟き、明日行こうとしていた場所を思い浮かべる。

散策するのにどのくらいの時間を所要するのかを計算した。

「そうだな…、明日の夜には戻れると思うかな」

「じゃ、何か作って待ってるわ」

「分かった。空港に着いたら連絡を入れるよ」

「えぇ。じゃ、気を付けて帰ってきてね」

あぁ、と返事をして徳野は電話を切った。

短い会話はいつものことで、それに対して保子は一度も文句を言ったことがなかった。

付き合って3年の日々がそうしたのだろうか。

お互い気心知れる関係であり、徳野が唯一自分をさらけ出せる相手でもある。

3年も経てば、出逢った頃のときめきは薄れ、ないに等しい。

けれど、そのときめきの代わりに安らぎがある。そう、そこが自分の居場所―――。