テポドンの危機1、続
そう言う間にも、ガラガラとあちらこちらの壁や、天井が炎に包まれて落ちてくる。それら、瓦礫の間を、洋平は硝の体を抱いて、ようやくのこと、扉のところまでこぎ着けた。飛び散った瓦礫で言うことの利かなくなった扉を片足で蹴飛ばし、もう一方の肩には硝を抱きかかえて、二人はかろうじて、ホールに出た。エレベーターのボタンを押すと、幸い未だ動いている。硝の体を箱の中に押し込み、自らも小さな空間に崩れるようにして、入り込んだ。腰の辺りや背中に鋭い痛みと焼けるような暑さが蘇るように襲った….
どうやら、あちらこちら、打撲や爆発の砲火を浴びたらしい…
「洋平、背中が破れている。大丈夫か…」
「だ、大丈夫だ。ちょっとやけどを覆ったらしい…でも、助かった。硝さん。何とか命拾いしたみたいだよ、僕たち…」
洋平は、息を切らしながら、ようやくのことで、そう言うと、その場にしゃがみ込んだ。
エレベーターが一階に着いた。
「さあ、外に出よう。僕はお客さんを誘導しなくては。」
一階のフロアーでは泊り客や選手たちの一部が、突然の爆音にパニックになっていた。
「皆さん、こっち。こちらから外に出て、あわてないで、ゆっくりと歩いて下さい。」
そう言う言葉も聴かず、客たちは我先にと、宗方志向や書の掛け軸の間を駆け抜けた。
洋平も、彼らに押し流されるように、東玄関に出た。
驚いたのは、ほとんど車に乗りかけた、北の脱国者たちだった。突然の爆音に事態の、変化を察すると、急いで車に乗り込んだ。後の二人を待つ余裕もなく、輸送車を走らせた。
「あれ、硝さんが居ない。」
煙と人込みで溢れる玄関口で、立ち止る洋平。小さな庭を挟んで白い雪景色の向こうに、同じく破れかけた白いジーンズをはいた硝の姿が見えた。
「硝さん!」
「…洋平…」
相手もこちらの存在を察したらしく、駆け寄ろうとした。と、その時、突然と駐車場の間を白いミニバンが駆け抜けた、そしてさっと後部の扉が開くと、こちらを振り向くまもなく硝を扉の中に引込んだ。
「あ、硝さん!」
そういう間にも、トラックは猛然と雪煙を上げて、ホテルの正面玄関へと走り去った。洋平が駆け出しても人の足で追いつけるはずがない。洋平は、近道で、ホテルの横に建てられた小さな神社を駆け抜け、一般道路へと躍り出た。そして、あたりを警戒するパトロールの白バイのひとつを見つけた。
「!すみません、これ借ります。」
そう言って、その白い二輪車にまたがった。750ccのバイクはずしっと重い重量感があった。ハンドルを一捻り、をエンジンにスイッチ入れた。ぶろろろーという、重厚な音とともにバイクが作動した。
「き、君。これ。」
そう言って、後方からヘルメットを差し出したのは、若い警官だった。
「あ、ありがとう…」
洋平はそう言って、それを頭にかむり、前傾姿勢で勢いよく雪の中に駆け出した。ずしっと重いヘルで洋平の首に痛みが走ったが、今はそんなことを言っていられない。洋平を乗せたナナハンは、後部を雪道に蛇行させながら、白い煙を吐いて、ミニバンを追跡し始めた。
「…あ、ところで、これどうやって運転するのだったっけ…?」
洋平はナナハンどころかバイクさへも運転したことがない!?
“前キック2回で、後ろに一回。それでギヤーが変わります…”
後ろから警官が彼の背中越しに叫んだ。
「このやろう、硝さんを奪いやがって。絶対に逃がさんぞ!」
洋平の心は決意に満ちていた。
「絶対捕まえてやる。」
そういう目はまぶしく光り、辺りを照らしていた。
洋平の後を、彼につられるように数台のパトカーが走り出した。
「サットと特殊任務終わり。引き上げー。」
その号令とともに、武装警官たちが集まった。
洋平は白い雪景色の中を走りながら、ヘルのあごの辺りから伸びた、マイクロフォンに向かって話しかけた。
“こちら、洋平、こちら洋平聞こえますか。誰か応答願えますか。捜査本部の上原さんをお願いします!“
しばらく置いて、イヤフォン越しに、聞きなれた声がした。小声で、
「….上原です…洋平君ですか!今どこに居るのですか!?」
警戒心と驚きそして、感嘆の入り混じった上原の感情が明らかに伝わってきた。
“今、…し、白バイの上です…」
洋平はためらいながら言った。
“!白バイ…!?」
“警察のパトロール用を借りました。たった今、ミニバンを追跡中。北の選手団が、硝さんを乗せて連れ去りました。今そいつらを追いかけているところです。“洋平の後ろから、パトロールカーが何台か追いかけてくる。そのサイレンの音が、上原にも届いているはずだ。
“洋平君。気をつけるのだ。十分気をつけて、追跡してくれ“
上原が言えるのはそれだけだった。
「洋平君が白バイでやつらを追いかけている…」
上原の心にひとつの感慨が走った。
「おい、全員で彼を援護するのだ。全員出動。全面的に彼を擁護せよ。」
その声とともに、移動警官たちがいっせいに動き出した。彼の後を追うように、何台ものパトカーや、白バイが白い雪面を駆け抜けて行った。
洋平を先頭に何台ものパトカーが並んで、ミニバンを追跡する形となった。しかし、彼を除いて後ろを走る車はどこか緊迫感に欠けていた。何か様子が変だ、そう思い始めたとき、一瞬、洋平の目の前が眩んだ。一体どうしたんだろう、と、思ったとき、おなかがぐるぐるーと鳴り出した。
「いけない、そう言えば、この2日間、ろくに食っていない。」
彼らに捕まって以来、ほとんどまともな食事は与えられていなかった。
「..まったくこんな時に…」
そう思いながら体の力は抜けていき、今にも意識が薄れそうな気がした。こんな調子で、このナナハンのマシンを操ることはできない。バイクが右に左に蛇行し始めた。そして、その様子を後部シートからのぞいていた北の兵士たちも、彼の異変に気が付いた。
「ヤー、チョサラム….」
後ろのやつ、何かへんだぞ…
「…も、もうだめだ…」
我慢の限界に来た、洋平はかろうじて、コンビニスーパーを見つけた。急いで、白バイを乗りつけ、はだけた服のまま、店の中に飛び込んだ。
「!きゃー、」
その様子を見て驚いたのは、店員の女の子だった。
「!だ、大丈夫。僕は警察の、あの僕は警察じゃないけど、今、犯人を追っているんだ。すまん、お腹が減ったので、ちょっと頂く。」
そう言って、ポテトチップスやチョコレートの箱を手で掴んだ。店員はまだ震えているがどうやら、彼に危害は無いとわかったらしい。
「…すまん。金を持っていない」
囚われの間に、財布もすべて、取り取られていた。
「これをおいていく。」そう言って、白いヘルメットをカウンターに置いた。
「…あの、これもどうぞ…」
事情を察した、店員がスナックやホットドッグを差し出した。
「…ありがとう。急ぐので」
そう言って、洋平は白バイに向かって、駆け出そうとした。
「あ、あの、忘れ物」
店員がカウンターに置き忘れたヘルメットを差し出した。
「す、すまん…」女の子は今日の日報に、盗難、スナックとチョコ(警察)と書いた。
表では、パトカーが全員洋平の出てくるのを待機していた。
「あれ、追って行ったんじゃ、」
そう思いながらも再度、エンジンをキック、雪景色の中に走り出した。
作品名:テポドンの危機1、続 作家名:Yo Kimura