テポドンの危機1、続
すぐに手配させてくれ。そして、君は日本にてイージス艦の指揮を取る。」
「。。。。」
パウエル氏は目を見開いたまま、首を縦に振るしかなかった。
その一方で、大統領はラムズフェルド氏を執務室に呼んだ。
「青森空軍部隊を起動させてくれ。そして、連中が飛行機で脱出したら...それを撃墜する。」
「I got it, sir.」
ラムズフェルドは、いかにも合点という風に鋭い、銀色の眼鏡の奥の目を光らせた。
機動隊があたりを取り囲み、サット特殊部隊が出動したホテル周辺は嫌でも緊張した空気が高まった。
「特殊部隊出動!」
「はい!」
その号令とともに、澄み切った青空にヘリが粉雪を舞い上げて飛び立った。冬の空を飛び交う空軍の演習機の音が一段と大きくなった気がした。青森の空気はひんやりと静まり返っていた。
「お前たちこんなことをして無事逃げられるなんて思うなよ。」
洋平がはだけた胸元を開けたままで、言った。
「チャーター機と輸送車でアメリカに亡命だなんて。大体アメリカが受け入れてくれるとでも思っているのだろうか、こいつらは。しかも24人全員だなんて…」
洋平が硝に問いかけると、
「本当だわ。一体誰がこんなことを計画したのかしら…」
「誰がって、こいつら自分たちでやったのだろう。こうして何人も選手たちを拉致しながら。」
洋平が怪訝そうにそう言うと。
「確かにそう。でもこの人たち、本気でそんなことできると思っていたのかしら。しかも全員一緒に…」
「…!?それって、硝さん、誰かほかに計画したやつが居るってこと!」
洋平が、はっとして聞いた。
「…私には、わからないわ。でも北の人たち、確かに生活苦しい。でも本当はいい人たちだよ。それに、私たちのような自由な暮らしを見れば誰だって、逃げ出したくなる。そうじゃないかしら。」
硝の、言うのはもっともだった。そのために、この様な国際的なスポーツのイヴェントでは毎回何人かの脱走者が現れるのだ。
洋平はそのとき、硝の言葉を思い出していた。
「硝さん、ところでさっき、日本に来る前に誰かに注意する様に言われた、そう言ったね。」
「ええ、言ったわ…」
硝の様子にも疲れが見え始めていた。はだけたブラウスをもはや取り直そうともせず、足は前に投げ出している。
「それは、この計画を誰か事前に知っていた、って言うこと….」
洋平は、おそるおそる、その言葉を尋ねた。
その時、突然、硝がその場で取り乱し始めた。髪を振り乱して、泣き叫ぶようにして、
「わからない!?洋平さん。私、どうなっているのか分からないよ。なぜ同じ人間が、同じ仲間を傷つける!私たち同じ朝鮮人。少しも違わないのだよ!」
硝のその叫ぶ声に、洋平はそれ以上聞き出すことは出来なかった。彼らの声を聞いて、例の監視が再び、二人に近付いてきた。手には機関銃を持っている。
「。。。。。」
男が何か韓国語で言った。
「なんて言ったの?」
洋平が聞くと、
「…今から、一人ずつ…」
硝が声を震わせて言った。
「…一人ずつ!?」
「…処刑するって!?」
泣き叫びながらそう言う硝をなだめるすべを洋平は知らなかった。ただ、その震える肩を思いっきり抱いてやりたい。そう願うことしかなかった。
選ばれた犠牲者
「このやろう。本気でそんなこと言ってるのか!」
洋平が男に掴みかかろうとした。
「やめて!洋平さん。そんなことしたらこの人たち何するかわからない!」
今にも怒って食いつきそうな洋平を硝が必死でなだめた。
男は、仁王立ちになって、今にも機関銃を振りかざし殴りつけようとしている。
「くそー、まったく!」
洋平は地面に座りながら、地団太を踏んだ。機関銃の男が洋平に近付いて、銃を彼に突きつけた。そして、持っていたタオルを洋平の口元に近付けると、
「こ、こら何をする!」
「。。。。。。」
「洋平さんが、うるさいから、黙らせるって。」
「う、うがうがうが…」
猿轡をされた洋平は声が出なくなった。
「う、うが うがうがうが…!」
「。。。。。。。。。。。。」
「私は、こちらに来いって、言われてるわ…」
男は硝を立たせると、後ろ手に組まれた彼女の手を掴んで部屋の奥へと連れて行った。硝は、はだけた洋服のまま男に従った。
「うが、うがうがうが、うがうが」
洋平はその場にしゃがみこんだままなすすべが無かった。
一人の女性らしき姿が十二階の窓に現れた…顔には目隠しをされ、手は後ろに組まれている。開かれた窓枠の上に立たされ、後ろから男が後ろ手に組まれた彼女の手を掴んでいた。 それが唯一彼女の身を守っていた…同時に彼らからのメッセージが特捜本部の無線に届いた。
「…なんと言っているのだ!」
上原が身を乗り出して覗き込むようにして言うと、
「…今から、証拠を見せる。そう、言っています。」
若い警察官が言った。
「何だって!証拠だって!?」
「実際に自分たちが本気であることを知らせる。そう言っています…」
階下で、上の様子を眺めていた観客たちが、いっせいにどよめき始めた。
「おい、見ろ。あの女性。窓に立って、…いや立たされている!」
自分の置かれた状況がまだわからないらしく、わずかに怯えたままだ。下から、いっせいに人々の恐れと驚きの声が上がったとき、彼女は何かを察したようだった。
「きゃー!」
力の限りの叫びだが、もはや疲労した彼女は抵抗する力が無かった。
「誰か、救急マット。安全マット。布団なんでもいい。何か無いのか!?」
上原が本部から大声で叫んだ。と同時に表に躍り出ると、ビルの下に駆けつけた。
「どけ、どいてください!」
野次馬を掻き分け、彼は十二階の窓からの落下点付近にたどり着いた。しかし、彼女を支える様な物は何も無い。
「誰か、何か無いのか安全マットが!」
観衆の男の一人が叫んだ。
十二階の窓からは今にも彼女が突き落とされようとしている。
「いや!」
悲鳴とも雄たけびとも聞こえる絶叫が雪景色の中に響いた。何百もの人々が見守る中、何も手立ては無いのか!
上原は、上を見上げその場に立ち尽くしていた。そのとき、幾人かの警官があわてて駆けつけた。彼らは小さな円形の布のようなものを持っていた。
「上原さん、これ!」
「ここを持て!」
上原は必死の形相で彼らに布の端をしっかりと持つように言った。
その時、十二階の窓から、やにわに男が彼女の体を後ろから押した…
「きゃあー!!」
ものすごい絶叫とともに一瞬、彼女は空中に浮いたかと思うと、そのまま落下し始めた。目隠しをされて、手は後ろに組まれたままほとんど垂直に落ちてきた。
「しっかり持て!!」
再び上原の声が警官たちを叱咤した。彼らを睨み付けるような必死の形相だ。
「目を瞑るな!ちゃんと上を見よ!」
上原のその声に警官たちが歯を食い縛り、今にも泣き出しそうな顔付きで、雪の降る上空を見上げた。そして、彼らがようやく支えるその布の間に、体をやや前傾に傾けながら、女性は落ちてきた…
ボーンという反動で一旦空中に1,2メートルほどもバウンスしたか思うと、女性は雪の地面にたたきつけられた。上原たちも反動とショックで後ろに飛ばされた。周りの警察官たちがいっせいに駆け寄ったが、幸い、彼女は命だけは取り留めたようだ。
作品名:テポドンの危機1、続 作家名:Yo Kimura