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waiting for sunset 浦里の村

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 目を開くと同時に、砲撃の音が聞こえてくる。間近で話し声がする。外国語だった。敵兵だときづくが遅く、あっさりと体を押さえつけられ、トラックの荷台に乗せられた。

 錆びた黒い軍用車の荷台に、数人が座らされ、連行された。私も含め仲間の兵は、一様に顔色が悪かった。捕虜になることは、日本に帰れないと考えていた。実際、捕えられた後、成り行きがどうなったのか、わからない者が多くいた。夜が明け、見た事もない景色の中で、育った村と同じ、潮の香りがした時は、ぼんやりと覚悟を決めた。

 
  それから長く収容所での生活を送った。


 当初はきつい調べを受けていた。ひとつき程で、何の役付けもない、雑兵とわかったのか、調べからは解放された。それからは、しばらく牢の中にいる生活だった。四畳半の広さで、薄い荒板に囲われた便所と椅子が一脚だけ置かれた、粗末な牢だった。調べを受けなくていいのは楽だが、徐々に不安がよぎりだした。

 どうやら私は用無しになったみたいだ。さて、どうなるのか。行く末を考えるとこのさき、身に起きる事で良い事は、なにも思いつかなかった。空の牢に向かい、生きた心地のしない無為の日を送っていた。

 私がいた部屋の中には、向かい側にもう一つ同じ牢が据え付けてあった。ただ一つ違いがあり、向かいには小高い位置に頭が入るぐらいの風窓があった。

 晴れていれば、時により、日が差し込んでくる。風が強い日は潮の香りを流してくれる。ただそれだけの事だが、あの中では、そういった小さな変化が楽しみになっていた。

鳥が顔を出したこともあった。もう一度、訊ねてきて餌付けでもできないかと、パンをポケットに隠しもっていた。結局、鳥は二度とこなかったが、その頃向かいの牢に男が連れてこられた。

 初めて見る顔だったが聞くと、同じ部隊にいた仲間だった。同じ雑兵、年齢も似たようなもんだった。話に飢えていたので嬉しかったが、こんな場所で仲間に会って、喜ぶのは不謹慎なことだと思い、気の毒な顔をしていたが、男はとても嬉しそうに私を見ていた。

 それからは看守の目を盗んでは、男と話すようになった。看守の目を盗んでといっても、定期的に廻ってくるだけなので、足音だけを気にしていればよかった。出会った当初は、男も似た扱いを受けていたようで会話を渇望していた。多くの事を話した。

 そんな中で、どちらともなく、自分達の行く末を話すようになった。その話になると、男もなんら良い事は考えてないらしく、身体を強張らせ、ぼそぼそと話をする。お互いに何度、話しても良い答えはでない。そのうち湿っぽくなるのも嫌になり、その話をするのは、避けていたのだが、よく男から話してきては、意気消沈している感じだった。日ごとに男の口数は減っていった。

 少しでも気晴らしになったらと、私は男に提案した。また窓から見える外の様子も知りたかった。

 「椅子に立ったら、窓から外の様子が見えるんじゃないか。少しやってもらえんだろうか。」

 男は、了解した様子で、風窓の下に椅子をもってきて、上を見上げた。そして、荒い材木で組まれた椅子に立ち、背伸びをすると、風窓めがけて腕を真直ぐ伸ばして、窓枠に手をかけた。ちょうど懸垂運動をするように、ぐっと顔を風窓に引っ張り、数秒だったが体力の限界まで、外の様子をみているようだった。腕が震えだしたと思うと手が滑り、ドスンと床に落ちてきた。落ちた時に身体を打ちつけたのか、うずくまり、唸っていた。長く続くので、腰でも抜けたのかと思い、私は声をかけた。

 「おい、大丈夫か。」

 と声をかけると、落ちた時に強く痛めたのか、涙を拭ってこちらをみた。

 「大丈夫か。」

 もう一度、声をかけると、男はにこりと笑ってやっと話せるようになったようだった。

 「大丈夫だ。ひー。疲れた。ずっとこんな中にいるから、身体がなまってるな。」

 荒げた声で興奮しているようだった。目は爛々としている。私は訊ねた。

 「外はどうなっていた。」

 男は興奮が収まらない様子で話した。

 「海が見えたよ。味方の船でも通ってくれたらいいんだけどな。」

 それは一縷の望みだった。含みのある感じで、お互い少しだけ、口許をゆるめて笑った。

 男はもう一度、さきほどの要領で、風窓を覗いてくると、独り言のように、ぼそっと呟いた。

 「こんな海じゃなくて、国の海がみてえな。」

 その呟きで私には里の海が心に入った。哀しくなった。自然と涙がでてきた。

 「そうだな。」

 しわがれた声で返すと、泣いているのに、気付かれたようだった。

 「つまらない事を言ったみたいだな。何が変わるわけでもない、もう外を見るのをやめるよ。」

 私は、懐かしんで、涙がでた事を話した。

 「きっと、久しぶりに海と聞いて狼狽しただけだと思う。大丈夫だ。昇って外を見るのは、大変そうだが、せっかく窓のある所にいるんだ。楽しんだらいい。変わった事があったら教えてくれ。」
 
 男にそう伝えた。

 「すまねえな。」

 男はぼそっと呟いた。

 その日から、男は日に何度か、外の様子を見ていた。初めのうちは、変わり映えの無い景色を確認しているようだったが、しだいに小さな変化を楽しんでいるようだった。そういった事を話してきた。

 風が強い日は、波が白く立っている様子や、砂浜のそばに木が生えてあるなど、鳥が旋回して滑空している様子など、今のように外で暮らすと、何気ない話だが、あの中にいると、男が見ている外の様子が、とても新鮮に聞こえた。

そのような感じで、二人で仲良くやっていたんだが、ある日を境に、二人は口を利かなくなった。

 ある日、喧嘩をした。お互いに、ひどい事をいい合っていた。私も若かったから、相手の癪に障る事をかなり言った。その怒声をきいて、看守が止めに来て、二人はこっぴどく怒られた。それ以来、口を利かなくなった。

 男はよく外の風景を見ていた。二人しかいない同士、どこかで仲直りをしたかったが、男の一言で私は二度と口を聞かない事をきめた。

 いつものように、男は外の様子をみて、椅子から降りてきた。私を一瞥すると笑いながら口を開いた。

 「お前さんは、可哀想だな。そんな中にずっとごろごろして。外の様子を見せてやりたいよ。」

 話、終わった後、ニヤニヤと私の顔をみていた。今になって思うと、男が仲直りの契機として、言ったかも知れんが、日がな一日、何をするわけでもなく、死を待っていると思っていた私には、酷く醜い者に映った。また、口には出さなかったが、海をみている男を羨ましく感じていた。

男の言う事は気にすまいと、何を言ってきても、黙りこんでいた。

 そのわたしの様子を面白く無く思ったのか、外の様子を見て降りては、私の方をニヤニヤとみてくる。私はより一層強く、男を嫌い見ずにすむように背をむけていた。

 ある日だった。男が食事をした後、酷い食あたりに、なっているようだった。声も思うようにでないようで、私の方をみて、「看守」、「看守」と小さな声で繰り返し、声をかけてきた。

 私はまだ腹を立てていたから、少しばかし苦しんだ言いと思い頭から毛布をかぶり、気にせずに寝た。