エイユウの話 ~秋~
「ごめんね?彼女、がたいのいい好青年の先約がいるから」
「僕が相手だから」と言わなかったのは、きっとラジィを慰めるためだ。彼女が好きだからではない。彼が優しいからだ。それが解るから、彼を疎むことなんてできなかった。それが解るから、彼女を怨むこともできなかった。
落ち込んで人混みに流されていくジャックを見送る。もやもやとした気持ちの行き詰まりが残った。ついむっとした顔で、もういなくなったジャックを恨む。彼が来なければ、こんな切ない思いもせずにいられたのにと、解りやすく八つ当たりをした。
いまさらになって、キースは彼女の状態に気付いた。ちょっと考えてから、彼女の耳元で小声で尋ねる。
「『僕が相手だ』って言ったほうがよかった?」
アウリーは顔を真っ赤にして、囁かれた方の耳を塞いだ。当然だ。いきなり思い人にそっと囁かれたら、そうなるだろう。だが、小声でたずねたのは聞かれないほうがよいと思ったから、耳元なのは小声が届かない可能性があるからという、彼なりの気遣いからきた行為だった。まったくの無意識である。
それに気付いたアウリーは、恥ずかしがったことや、自分の思いがばれている可能性も忘れて、慌てて断ってしまった。本当に望むべき言葉なのだが、いざ言われると照れくさい。ましてや「是非おねがいします」なんて、友を気遣った彼に対して、口が裂けても言えなかった。
作品名:エイユウの話 ~秋~ 作家名:神田 諷