エイユウの話 ~秋~
「そういえばさっきの試合、アウリー見てたよね」
「見つけらんなかったけどな。今のお前が手を振る相手は一人だろ」
方向からも推測できたが、そんなことを考えずとも、今ラジィに対して手を振ることはないと考えて間違いはない。
キサカが少し不機嫌になったのを感じて、彼は恋に鈍感なのかと、キースは妙に納得してしまった。もとより、キサカが恋愛に関して関心があるとは思えなかったのだが。
キースは自分の目撃情報を元に、特別観戦席に向かう。が、迂闊にキサカを連れて行くものではなかった。
キサカが不機嫌になる要素があまりにもありすぎたのだ。まず、アウリーの隣にノーマンが座っている。さらに、観戦に来ていた多くの業者の人たちに大量の名刺を渡されて埋もれていた。彼女は完全に状況に飲み込まれていたのだ。
彼がもうキレる直前であることは、火を見るより明らかな状況だった。アウリーがもみくちゃにされていることも、彼女を「導師の娘」として特別視することも、好まないからだ。キサカは唐突にキースを置いて、人ごみを掻き分けて突き進み始めた。慌ててそれを追いかける。大手のスカウトマン相手に、彼がどんな暴走を見せるのか、いとも簡単に想像できたからだ。
しかし。
「あの・・・、ちょっと彼女に用があるんですが、いいですか?」
アウリーを助けたのはキサカではなかった。キースには珍しく記憶にとどまった人物。彼の名前を思わず挙げた。
「珍獣ジャック・・・」
中春の練習試合でキースの相手となった、地の術師の少年である。確かに彼はカフェテリアの厨房の担当だったが、仕事に関わっていないこの時に仕事で呼ぶ必要性は無いだろう。となれば、彼女を助けに来たに違いない。
騎士の座を取られたキサカは、キレる直前だったはずがかなり呆然としていた。キースも同じような顔をしていて、それを見たノーマンが、笑いもせずに揶揄する。
作品名:エイユウの話 ~秋~ 作家名:神田 諷