エイユウの話 ~秋~
「なんだ?」
キサカはきょろきょろと見回す。そのちょっと目を離したすきに、なんとキースの周りから大量の水が噴出したのだ。その水はキサカが放った水ごと飲み込むと、そのまま彼に向かって流れ出す。
「マジかよ!」
放った水の何倍もの水が、彼の方に押し返されてくる。大きな波と化したそれに慌てたキサカは、しかし波が来る方向に向かって走り出した。この行為には観客はもちろん、キースも目を丸くする。
ある程度波と近づいたところで、キサカは足を広げてふんばって手を前に突き出した。そんな彼を、大波はやすやすと飲み込んでしまう。波の勢いが治まるのと同時に、クルガルが吼えた。波がキースの方へ戻ってくる。次の瞬間、波の中からキサカが飛び出してきた。あの一瞬のうちに、クルガルの水を接収したのだ。
飛び出してきた彼の手には、先ほど作った水の刃が握られていた。クルガルを召喚しているキースは動けない。そこを狙ったのだ。
しかし、その奇襲をキースはしゃがみ込んでかわした。ただしゃがんだだけではない。足を一歩下げてしゃがみこんだのだ。動けないはずの動きに、キサカは目を丸くした。
「は?なんで!」
「クールは出てきたときと、戻るときに鳴くのさ」
つまり、先ほどの鳴き声は攻撃の声でも勝利の雄たけびでもなく、ただ木鏡内に戻っただけだったわけだ。見事に彼の策略にはまってしまったことに、その笑顔で気付かされた。
足払いをかけようと伸ばされた足を、キサカは宙返りでかわす。運動神経のなせる技だ。しかし、着地点から多量の水が噴出してきた。
「うわ!」
キサカには当てられないと解っていたキースが、先に仕掛けていたわけである。
作品名:エイユウの話 ~秋~ 作家名:神田 諷