エイユウの話 ~秋~
キースが木鏡を軽く撫でると、そこから痩身の黒豹が姿を現す。毎度の模擬戦闘でお馴染みの、クルガルである。彼女は登場してすぐに敵を見極め、キサカに向かって独特の音域で、キィンと吼(ほ)えた。何度見ても、凄い迫力である。
そんなクルガルに怯むこともなく、キサカも火筒の栓を抜いた。その中身を周囲に撒く。撒かれたそれは、青色の砂の中に吸収された。それを見てキースは再確認する。
――キサカが使うのは、水だ。
最高術師の情報だけはかろうじてある。キースはクルガルをちらりと見た。情報を持たない彼女は、警戒心を強くして、毛を逆立てている。牙を見せて呻る彼女の迫力はいっそう怖い。これだけで怯む連中も山ほどいるのだ。
ばら撒かれた水が、砂の中からキサカの魔力で再び姿を取り戻した。そのまま、周囲の水気を集めて量を増していく。
「よし。いくぜ、キース!」
キサカが周りに集めた水の中に、手を突っ込んだ。そしてそこから短剣のような形を成した水を取り出す。明の術は特定のものを操る魔術だ。それには形を固定し、物質化させることも含まれ、最高術師となれば朝飯前である。キサカの場合その技術がずば抜けているので、出してくることはもう必須だった。しかし今はそれを使った攻撃はせず、残った分の水をキースに向かって放ってきた。
『魔禍の!』
「解ってる。クール、相継漣(ウェーブ)」
キースの合図で、クルガルが結界内を駆け始めた。そして時間を稼ぐように、断続的にキサカに攻撃を仕掛ける。それでもキサカは突進してくるクルガルを避けながら、キースに向かって水をどんどん放ち続けてきた。
キサカの集めた水が半分になるころ、結界内に異変が起きた。揺れもないのに、ゴゴゴ・・・と地鳴りが聞こえてきたのである。
作品名:エイユウの話 ~秋~ 作家名:神田 諷