エイユウの話 ~秋~
控え室入り口で左右に分かれる。身体検査を行ってから、闘技場に上がるためである。別れ際にキサカが叫んだ。
「賭けは絶対適用だからな!」
「解ってるよ」
笑いながら答えてから、背を向けて歩き出した。そんな彼に、もう一度声がかかる。
「キース」
「今度は何?」
口調は呆れているが、笑顔で振り返ったキースを、珍しくキサカは真面目な顔で見つめていた。見慣れない表情の彼は、まるで別人のように見えて少し驚く。キサカは、いつもより幾分か低い声で忠告した。
「相手が俺だからって、手は抜くなよ」
キースは呆然と固まっていたが、ふふっと笑うと明るい声で返した。
「抜いて勝てる相手じゃないでしょ」
当然解っているという風情をだしたキースは、向きを正して歩き始める。平然としているようだが、実は内心ヒヤリとしていた。
先述したとおり、キサカが勝つと思っているし、勝てる自信も微塵もなかった。しかしそれ以外に、キサカが相手なら負けても悔しくないし、客観的に見ても不自然ではないとも考えていた。つまり、勝てる要素があったとしても、わざと負ける気でいたのである。もちろん賭けの内容が解ってからは少しの変化はあったが、謝る機会と感じないこともなかった。それも悟られたのだ。
キサカの勘のよさを改めて思い知らされたキースは、一人で控え室に向かいながら反省した。
作品名:エイユウの話 ~秋~ 作家名:神田 諷