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エイユウの話 ~秋~

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「なあ、キース。賭けしようぜ、賭け」
 通路は観客席の間に作られており、みんなから何やら声がかけられている最中の提案だった。かろうじて聞こえたキースは首をかしげる。
「僕らの勝敗に僕ら自身が賭けるの?」
「そうだ」と肯定したキサカに、キースは彼らしいと思いながら承諾する。どうせ彼が勝つのだから、そんなに意味がないだろうとも思ったためだ。負けるつもりがなくとも、勝てる気がしないのである。しかも、友人間のおふざけな賭け事なら、無理難題を言われる確率も低い。
 すると彼は何かを含んだように笑った。
「じゃあ、俺が勝ったらラジィに謝れ。あいつは絶対謝りそうにないからな」
「え?」
 キースは目を丸くした。まさか彼の賭けの内容に、ラジィが出てくるとは思わなかったのだ。確かに無理難題ではなかったが、今のキースにとってはかなりきつい罰ゲームである。
 解りやすく戸惑っているキースに、キサカは悪戯な笑みを浮かべる。
「二言はないよな、キース」
 それが狙いだったのかと、疎ましくキサカをにらんだ。それでも、背中を見せている彼には解らない。キースがひそかについたため息は、歓声にかき消された。
「・・・こういう時は、なんかタチが悪いね」
「ほめ言葉をどうも」
 反省する気も取り消す隙も見せない。とっさに思いついたこととは思えない周到さだ。言葉で勝てるとは思えないので、キースはあきらめて腹をくくった。そして同じように彼に条件を出す。どうせなら彼にも同等の仕返しをしてやりたいと、温厚なはずのキースは考えた。まあ、当然のことだろう。しばらく考えた彼は、顔を上げて人差し指を立てた。
「じゃあ、何でも一つ、質問に答えてくれる?」
「俺に出来るモノであれば」
 足を止めて身を翻し、わざと恭しく一礼をした彼に、キースは思わず笑い出した。いつも自信たっぷりな彼は、今日の試合でも負ける気は全くない様子だ。周りの観客が何をしているのかと話し合っているのを横目に、キサカは向きを直してさっさと歩き出した。
作品名:エイユウの話 ~秋~ 作家名:神田 諷