エイユウの話 ~秋~
出る前に屋台係に一言告げる。
「ちょっと人の多いところ言ってくるから」
「たくさん呼んで来いよ」
「わーってるって」
乱暴に答えてから、キースを開放して人ごみをかき分け始める。いきなり手を放されたキースも、バランスを失いながら慌ててキサカの後を追いかけた。この人混みの中でも、キースの金髪とキサカの薄紅色の頭髪は目立つ。おかげでお互い見失うことはなかった。
「何処行く気?」
「着きゃ解るって」
その後何度も尋ねたが、以降彼が喋ったのは広報係の仕事内容である宣伝だけで、全く教えてはくれなかった。
その彼が唐突に足を止める。てんこ盛りだった試食は、ここまで来る道のりで三分の一は無くなっていた。手に持って食べれるザルビッツは、こういうときにはひときわ人気になる。もうそろそろ引き返すだろうと思っていると、キサカが不敵ににやりと笑った。背筋に悪寒が走る。目の前に一つの教室があった。真っ白な石造りなのは変わらないが、ドアに黄色のマークがついていて、心の第五教室だとわかる。
「さ、入るぞ」
「入るって、カフェテリアの中に?」
キサカが目指していたこの教室は、ラジィとアウリーの働くカフェテリアだったのだ。人ごみに埋もれないように、メガホンを頭上に上げてカフェテリアの中に入る。入ることに抵抗を感じながらも、引き返すことが困難で、続いて試食が落ちないよう頭上に掲げて入った。
中は思っていたよりもずっと込み合っていた。出て行く客と入っていく客が絶えないのがその原因だ。おかげでいくつか試食を落としそうになる。
先に入ったキサカを探していると、その間にラジィとアウリーを見つける。二人とも、幸いというべきか彼らに気付いていないらしい。
ほっと安心していると、肩に手が置かれた。振り返ると、たくらみが成功してご機嫌な顔がある。それだけで次の行動の予測がついた。
作品名:エイユウの話 ~秋~ 作家名:神田 諷