Neverending Story
穏やかな海。鮮やかなコバルトブルーの海はとても綺麗で、北海道では見ることの出来ない風色だ。
高瀬と唯は砂浜に寝転がり、波の音を聞きながら空を眺めていた。
「ねぇ、浩ちゃんは結婚してるん?」
「えっ?あぁ…、まぁ、昔にちょっとだけ…」
高瀬はなんと答えていいものかと悩み、言葉を濁した。
「ふ〜ん。じゃぁ、今、彼女は?」
「あぁ…、まぁ…。君は?その歳なら、彼氏の一人や二人、いるんだろう?」
「まあね」
と言って、唯が笑う。
その姿に、高瀬に胸に小さな痛みが生じた。
ずっと繋ぎっぱなしの唯の掌を、高瀬は強く握り締めた。
潮風に吹かれた唯の甘い体臭が高瀬の鼻腔をくすぐる。
「浩ちゃんは、どうして尾道に来ようとしたん?」
「昔の好きだった、初恋の人に逢いに」
何故、自分はそんなことを口走ってしまったのか。
と、高瀬は少し後悔した。
でも何故か、唯を見るたびに記憶の断片が蘇り、そして昔の恋人を重ね合わせてしまうのは、きっとこの街のどこかに彼女がいるかもしれない、と思い続けている自分がいたからなのだろう。
年齢は自分と同じなはずなのに、思い浮かぶ顔は出逢ったの頃の若いまま。
だから、初恋の彼女と唯を重ね合わせてしまう。
そして、過去に戻りもう一度彼女とやり直したいという願望。
全く、身勝手な話しだ。そんなことで、唯を利用しようだなんて。自分は最低な人間。
いや、もっと最低なのは、彼女はきっと幸せになっているはず、と思いつつも、でもどこかで不幸であって欲しい、と願っている自分がいること。
自分から彼女の掌を離してしまったというのに。
今更、ここで彼女と出逢ったからといって、どうするつもりなのか、自分という人間は。
もし出逢ったとしても、また彼女を傷つけてしまう。
そんなことは明白なのに―――。
「嘘?それって、ホントなん?」
唯が飛び起き、高瀬を見つめた。
「嘘。でも、もし本当って言ったら、君は笑うよね」
「うんん。笑わない…」
良かった。
と言って、高瀬は唯の頬を指先で撫でた。
そして、頭を引き寄せキスをした。
懐かしい味がした。遠い記憶が蘇り、高瀬をあの頃へと誘(いざな)う。
けれど、それと同時に心にさっきよりももっと鋭い痛みが生じる。
これ以上、この娘とは関わってはいけない。
そう、理性が問い質しているのかもしれない。
「それで、それで?昔の恋人に会えたん?」
「い、いや…」
「なら、今から探しに行く?住所とか、分かるんでしょ?」
「あ…いや…」
つい口走った言葉を本気にする唯に、高瀬は焦った。
「会いたくないん?」
「そ、それより、君は?唯のことを、もっと教えて欲しいな」
「アタシ?何を、知りたいの?」
さっきまで興味津々だった唯の表情が一転して真顔になる。
高瀬はそれを気にしつつも、話しを続けた。
「例えば、家族のこととか」
家族?そう言って、唯は黙った。
そして、また空を眺める。
「兄弟は?」
「いない」
「じゃ、一人っ子か……」
「まあね」
「唯のお母さんって、どんな人?」
「ん〜。フツー」
「フツー、って?もっと、なんかないの?」
「たとえば?」
「た、たとえば?そうだな…、一般的に言うと、優しいとか、ちょっと怒りっぽいとか、美人とか、可愛いとか、かな…」
「ふ〜ん。じゃ、そんな感じ」
「そ、そんな感じ、って…」
唯の態度に、高瀬は言葉を失った。
やっぱり聞かない方が良かったのだろうか。
でも、あのまま話題を変えなければ、なんとなく初恋の人を探すはめになってしまうような気がした。
けれど、どちらにせよ二人には不都合な話しだったのかもしれない。
「怒った?」
黙りこくる高瀬に不安になったのか、唯がそう言って無邪気に笑う。
い、いや…。
そう呟いてから、唯がさっきまで見つめていた空を見上げた。
唯のあどけない顔を見ると、自分は弱いらしい。
全てがどうでも良くなってしまうのだから。
「唯を見ていると、素敵な両親に育てられたんだな、って思って。それで、なんとなく唯の家族はどんな人達なのかを知りたくなったんだ」
「どうだろう…。分かんないや」
唯は少し投げやりな返事をしてから、近くにあった小石や貝殻を集め始めた。
そんな唯を、高瀬は静かに見つめた。
二人を邪魔するものは規則正しく打ち寄せる波の音だけで、他には何もなかった。
だから、高瀬はとても怖く感じた。自分がどうかなりそうで―――。
作品名:Neverending Story 作家名:ミホ