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Neverending Story

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ねぇ?ってばっ!

そう後ろから声がしたと思うと、突然誰かに腕を掴まれた。

はっ!?へぇっ???

高瀬は間抜けた声を出し、そして無意識的に躰を強張らせた。

「ねぇ、おじさん、ってばぁ?聞こえてないんの!」

おじさん?おじさん、って、もしかして俺のこと?

その聞き慣れない言葉に高瀬はムッとするも、よくよく考えてみると、世間で43才といえば、立派なおじさんである。

いつまでも若い気でいた自分を恥じ、高瀬は心を落ち着かせるよう何度か息を吐き、そしてその声のする方へと振り返った。

んん!?どこか見覚えのある顔だな…。

だけど、俺にはこんな若い娘(こ)の知り合いはいないはずだし。

さて…?

高瀬は、目の前に突如現れた20代前半くらいの小柄な娘を見つめながら、あらゆる記憶を辿ってみる。

すると娘は、はい、これ?と言って、手に持っていた物を高瀬に見せた。

「忘れとったみたいやけど、いらなかったん?」

あっ?そうだ!さっき、ベンチで声を掛けてきた娘だ、とやっと思い出す。

ついさっきの出来事なのに、もうそのことを忘れてしまっている自分に愕然とした。

まぁ、無理もない。

この短時間に色々なことがあったのだ。

と自分を慰めるも、やはり気休めにしかならい。

情けない…。

高瀬はその娘(こ)に礼を言い、ベンチに忘れて行ったシャツを受け取ると、急にまたばつが悪くなった。

普通であればお礼と称して、お茶でもどう?なんて言って誘ってあげるのが礼儀なのだろう。

若い頃なら、そうも出来たかもしれない。

けれど、おじさん、と呼ばれる年代になって、それはちょっと無理な話だろう。

相手だって、こんなおじさんに誘われるのもイヤだろうし。

高瀬は、この状況に戸惑う。

「おじさん、東北から旅行に来たんの?」

高瀬が黙っていると、気を利かせてなのか質問をしてきた。

「えっ?あっ、いや…。その、北海道から…」

「ふ〜ん。そうなんだぁ」

曖昧な返事をする娘に、今度は高瀬が

「なんで、東北から来たと思ったの?」

と質問した。

「だって、一人だけ暑そうだったんだもん」

と言って、娘が笑う。

やっぱり?と呟いて、高瀬も娘につられ笑った。

こうして誰かと笑うのは久し振りだった。自分は、いつから笑っていなかったのだろう。

こんなふうに―――。

「おじさん、一人?」

「あぁ、一人だよ」

「もしかして、傷心旅行?な〜んて、そんなわけないか。おじさんに限って」

と言って、また愉快そうに笑う。

おじさんに限って、って…。

図星なのだが、高瀬はあえてそこに触れずに

「ずっと、ここに来てみたかったんだ。でも、皆忙しくて日程が合わなかったんだよ」

と当たり障りのない返答をして、頼り無く笑った。

けれど、この尾道に来たかったのは嘘じゃなかった。

「へぇ?、そ〜なんだ。で、これから、どこに行くの?」

娘は、興味ありげな眼差しを高瀬に向ける。

「えっ?あ〜、いや〜、まだ、決めてないけど……」

気ままな一人旅。

傷心旅行でもある旅は、自分の気持ちを整理させる場所ならどこでも良かった。

駅周辺でも、観光地でも、ホテルでも。

北海道と言う場所でなければどこでもいい。

単なる逃避行、なのだから。

でもそれは、元妻から電話が来る前のことで、今は状況が違う。

これから、章子のいる北海道に帰らなくてはならない。

そして、会って復縁をしなくてはならないのである。

「じゃ、アタシが案内してあげる」

えっ?思ってもみなかった事態に、高瀬はまた混乱する。

「えっ、だって君、仕事は?」

「仕事は休み。てか、無理矢理休んできたの」

そう言って、娘は悪戯っぽく笑った。

「いいのかい?会社、ズル休みをして。あとで怒られても知らないよ?」

「いいの。だって、こんなにお天気がいいのに、どうして働かなきゃいけないんの?それに、おじさんだって仕事休んで遊んでるんじゃない?」

「そう言われれば、そうだな…」

と、高瀬は納得して深く頷くものの、なんとなく腑に落ちないと感じる。

んん?いやいや、待てよ?俺は、仕事を休んで旅行をしてはいるが、でもズル休みをしてきたんじゃない。

自分は、ちゃんと休暇届を出してきた。

それに、それは会社で定められている有給休暇なのだから、どのように使ったって自由なはずだ。

家で一日中寝ていようが、こうして旅行を楽しんだりしようが。

だから、君とは違う。そう、全く違うはずだ。そうだよ。君との休みの種類が違うじゃないか。

俺は公休で遊んでいる。でも君は、ズル休みをして遊んでいる。

これは、ちゃんと説明をしなくては―――。

と、どうでもいい回りくどい説明が出来上がり、高瀬が口を開こうとしたその一足先に娘が声を上げた。

「なら、決まり。おじさんは、どこに行きたい?」

へぇっ?はあ?あぁ…、となんとも間抜けた返事を、高瀬はまたまたしてしまう。

高瀬は、諦めたように浅く息を吐いた。

「ずっと気になっていたんだけど、その〜、お、おじさんって言うの、やめてもらえないかなぁ?僕の名前は、高瀬っていうんだけど…」

「ふ〜ん。で、下の名前は?」

「名前?浩康だけど」

「じゃ、浩ちゃん、って呼んでもいい?」

「ひ、浩ちゃん?」

高瀬は、今までそんなふうに呼ばれたことのない呼び名に戸惑った。

元妻だって、『浩康さん』なのに、どうして初めて会った、それも自分よりも遥かに年下の娘(こ)にそう呼ばれなきゃならないのか、と内心ムッとした。

けれど、それを面と向かって言えない自分もいて、半分諦めることにした。

「それで、君の名前は?」

出来るだけ平常心で言ってみるものの、言葉尻が少しだけ震えた。

「唯よ」

「唯ちゃんか。で。苗字は?」

「苗字?」

と鸚鵡返ししてから、唯はやや考える。

そして、ない、と一言だけ言う。

はあ?今、な、なんて?と高瀬が聞き返そうとしたところに、唯が、いいから早く行こうよ、と言って高瀬の手を引っ張った。

いやいや、まだ話しが終わっていないだろう。

日本にいる限り、苗字が無いなんてあり得ない話しじゃないか。

違うのか?他の国だって、必ず苗字はあるはずだ。

それなのに、君は―――。

なんて言葉に出来たらなら、どんなにスッキリするだろう。

けれど、ふと唯の無邪気な横顔を見たら、そんなことはどうでも良くなっていた。

人懐っこくて、あどけない表情がとても可愛らしい。

それに何よりも、昔の初恋の人にどこか似ている気がした。

でもそれは一瞬のことで、良くみたらやはり違う人。

他人の空似だった。

でも、今まで忘れ掛けていた想いやときめきがふと蘇る。

何年ぶりだろうか。いや、何十年ぶりのことだろうか。こうして心が踊るのは。

暖かい季節だから。それとも旅先だからなのだろうか。

ま、せっかく旅行に来たのだから、慌てて帰ることもない。

妻は、待っていると言った。

それに、自分は9ヶ月も待ったのだ。

2、3日くらい妻を待たせてもバチは当たらないだろう。
作品名:Neverending Story 作家名:ミホ