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Neverending Story

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「浩…ちゃん……?お願い……、優しくして。もっと、優しくして……」

唯の掠れた声に、昂ぶっていた心が少し落ち着きを取り戻す。

「ご、ごめん……」

そう言って、高瀬は唯の頭を撫で、そして今度は優しくキスをした。

何度も何度も、高瀬は唯にキスをした。

唯はくすぐったそうに躰を捻って逃げる。

けれど、それでも高瀬はキスが出来る場所全てにキスをし続けた。

なのに、まだ足りない。

こうして一緒にいるのに、まだ触れていたかった。

唯が愛しくて愛おしい。

狂おしい心が、また疼き出した。

熱情はそこはかとなく溢れ続ける。

でも、それは永遠ではない。

いつかは消えてなくなる。

それでも、その時まで溢れて続けていてくれればいい、と思った。

それが一瞬のことでも、それはそれで構わない。

だから、先にある未来なんて今はいらない。

欲しいのは、唯との甘美な時間。

ただ、それだけ。

「ねぇ……、浩ちゃん……?」

「んん?」

「携帯、鳴ってる……」

「いいよ。ほっておいても」

「ダメだよ、出て?何か、緊急かもしれんよ?」

そう唯に言われ、高瀬は渋々唯の躰から離れて携帯を探した。

着信を見て、高瀬は携帯に出るか出まいかと悩む。

相手は章子だったからだ。

このまま切ってしまいたい。

けれど、その行為が不自然すぎると、唯が不安がるだろう。

それに、章子だって時間を置いて、また掛け直してくるかもしれない。

となると、電源を切ってしまうことも出来ない。

あとで苦しい言い訳を考えるのも面倒くさいと思った高瀬は、仕方無く電話に出ることにした。

「はい……」

「あっ……、ご、ごめんなさい……。私だけど、今、大丈夫?」

「あ、あぁ……」

「あ、あのね……」

「あぁ……」

なかなか用件を言わない章子に、高瀬は苛立ちを感じた。

しかし、だからといって高瀬も今の状況じゃ多くを語れない。

曖昧な返事をしながら少しずつ唯から離れ、そしてカーテンを開け放った窓を覗いた。

けれど、間接照明が邪魔をして夜景が見えない。

その代わり、照明に照らされた不安な顔をした唯としなやかな肢体が窓に映し出された。

高瀬は唯の躰に見惚れていて、章子の言葉を聞き逃していた。

「えっ、何?悪い。もう一度、言ってくれる?」

「あのね、浩康さん。私ね、今日あなたの家に行ったの。どうしても、あなたと話しをしたくて。でも留守だったから……、悪いと思ったんだけどあなたの家で待たせてもらおうと思って、ずっと持ったままの合鍵で勝手に家に入ってしまったの……。ごめんなさい……」

何!?勝手に、どういうつもりだ!!!と言いそうになるのをどうにかこうにか堪え、高瀬はまた曖昧な返事を続けた。

今は、一刻も早くこの電話を切りたい。

そう思ったからだ。

「それで?今もそこに?」

「浩康さん、今尾道にいるのね?」

「………。」

「ごめんなさい。旅行のパンフレットがあったのを見て……。そういえば今日、私達の結婚記念日だってこと、覚えている?なんか私、パンフレットを見たら新婚旅行のことを思い出しちゃって……。そして、あなたとの約束も」

「や、約…そ…くぅ?」

思わず大声を出してしまいそうになるのを堪えつつ、高瀬は息を飲んだ。

そして、窓越しに映る唯を確認する。

さっきまで露(あらわ)になっていた肢体は、今は膝を抱えた状態でベッドカバーに覆われていた。

どのぐらいの時間、章子と話しをしていたのか。

かなり長い時間話しをしているようにも思えた。

出来れば、このまま一方的に切りたい。

でも、今仕事中だから、という言い訳は今更通用しない。

旅行に来ていることがばれてしまっているのだから。

高瀬は、なんとかこの電話を切る、良い言い訳を考える。

でも、それを邪魔するように章子が話しを続けた。

「5月10日、結婚記念日。訳あって、もし二人が離ればなれになっていたなら、時間が経ってもしお互いが必要と分かってやり直したくなったその時、その日に新婚旅行で行ったあの場所からもう一度最初からやり直そう。本当に運命の相手ならきっと逢えるはずだし、それに今度は必ずやり直せるはずだから。そして、もう二度と離れないように誓おう、って。ねぇ、浩康さん?覚えてる?」

そう章子から言われ、高瀬は遠い記憶を辿る。

けれど、その記憶は曖昧なもので、今はハッキリとは思い出せなかった。

高瀬は、肯定とも否定ともとれない返事を章子にした。

「あたり前よね。それなのに私ったら、浩康さんとやり直したいって言いながら、その約束をパンフレットを見るまで忘れていたんだから、本当、私ってバカね。ごめんなさい」

「い、いや……、別にいいんだ……」

やっと電話を切れるタイミングが出来たと思った高瀬は、またあとで連絡をする、といかにもというような口調で事務的に言った。

「ねぇ、今からそっちに行ってもいい?」

「い、今……か…ら……?」

高瀬は息を飲む。

そして、今度は唯への言い訳を考える。

電話の相手は誰なのか、用件はなんなのか、どうして長電話になってしまったのか、と。

「今からでは、もう無理じゃないのか?それに、明日には帰るから、話しはその時に聞く。じゃ」

「待って。切らないで。約束を忘れていたことを怒っているの?だからそんなに冷たいの?」

「い、いや……」

「私ね、どうしても今日、あなたとの約束を守りたかったの。だから、今、あなたの部屋の前にいるのよ。ねぇ、驚いた?」

「えっ?今、なんて?」

そう声を上げ、高瀬はドアに目をやった。

突然声を上げた高瀬に驚いた唯は、浩ちゃん、どうしたの?と呟いて、不安げな眼差しを向ける。

けれど、高瀬は唯の問いに答える余裕はなかった。

この場をどうしたらいいものかと考える。

なのに、何も浮かばない。

「ホテルには、あなたの妻だからと言って部屋の番号を教えてもらったんだけど、いきなり来ちゃってまずかった?そんなことないわよね?あとね、もしお二人でお泊りなら、ってホテルの方でツインのお部屋もダブルのお部屋も用意出来るんだって。浩康さん、どうしたい?」

章子が声を弾ませる。

高揚する心をやっと抑えているような感じにも思えた。

「どうする?って……」

「ねぇ、それより早くドアを開けてくれないかしら。私、あなたに逢いたくて逢いたくて堪らないの。それとも、ノックをした方がいいのかしら?」

「い、いや……、それはいい……」

高瀬は語尾を震わせた。

いや、声になっていなかったのかもしれない。

章子が聞き返してきたのだから。

どうすればいい。

どうしたらいい。

こんなふうになってしまったのは、誰のせい。

勿論、自分のせい。

ひとつの恋をちゃんと終わらせることの出来なかった、自分のせい。

でも、由利のせいかもしれない。

由利の復讐。

でなければ、こんなドラマのような展開が待っていただろうか。

こんな修羅場が―――。



高瀬はそんなくだらないことを考えながら、唯と章子が自分の名前を呼ぶ声をただただ聞いていた。
作品名:Neverending Story 作家名:ミホ