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Neverending Story

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「浩ちゃん、苦しい……」

「ご、ごめん。つい……」

感情が昂ぶり、高瀬は唯を強く抱き締めていた。

「でも、良く俺が分かったね?」

「うん……。ママが、写真を持っていたから……」

「そうか……」

高瀬の複雑な感情が、交差しては絡まり続ける。

もう逢えない彼女を思う気持ち。

なのに、いないはずの彼女が目の前に現れ、こうして抱き締めている自分。

過去と現実が、感情と同様交差して交ざり合った瞬間なのだろうか。

決して、それは交ざり合うことのない固体なのに、今だけは交ざり合って、溶け合って、一体化する。

永遠に離れないように。

「アタシね、浩ちゃんが嫌いだったんよ。嫌いで、嫌いで、もし逢ったら酷いこといっぱい言おうって決めてたんよ。だから、いつもこの時期になると、駅やあの場所で待ってた。いつ逢えるんかも分からん浩ちゃんを、待ち続けてたんよ。なのに、なんでだろう……、写真しか逢ったことのない浩ちゃんに、いつの間にか好きになってたんなんて……。何度も、何度も、浩ちゃんの手紙やママが残した日記を読み返してたからかもしれんね。こんなアタシ、ヘンでしょう?」

「いや……。ヘンじゃないよ。全然、ヘンじゃない。君をこんなふうにしてしまったのは、俺のせいだ。ごめんよ、唯……」

高瀬は唯の頭を撫で、そしてキスをした。

聞きたいことは沢山あった。

でも今は、こうして唯を抱き締めていたかった。

ワンピースのファスナーを下ろす手が震えた。

唯も小さく震えている。

高瀬はあの日を想い出した。

由利を初めて抱こうとしたあの日の夜を。

こうして指先が震えていた。

由利もまた震えていた。

今の唯みたいに。

自分は、どちらの彼女と共にしたいと思っているのか。

唯を見ながら、由利の面影を探している。

由利を抱きながら、唯に恋をしている。

過去に懲りず、また同じ過ちを犯そうとしている自分。

けれど、一度揺らめいた情炎が鎮まるには、時間が掛かり過ぎるだろう。

躰の奥底に静かに宿る灯火が、今こうして強く滾ろうとしているのだから。

高瀬は罪悪感を振り払うかのように着ていたシャツを脱ぎ捨て、そして唯をベッドに押し倒した。

「ま、まって……、浩ちゃん……」

唯が消え入る声で、不安げな眼差しを高瀬に向けた。

高瀬は、唯の下着から指先を離す。

そして、唯を見つめた。

「アタシ、初めてなんよ……。だから……」

言葉を震わし、唯が言った。

嘘だとは思えない唯の表情に、高瀬は迷う。

自分は、唯の最初の男。

それでいいのだろうか、と。

「ごめん。唯のこと、もっと大切にしなきゃいけないのに……。なんか俺、大人げなかったね」

そう言って、高瀬は唯から離れた。

そして、自分の脱ぎ捨てたシャツを唯の躰に掛ける。

「いいの。お願いだから、やめないで……」

「いいよ、無理しなくても。今度にしよう」

「今度って、いつ?浩ちゃん、今度はいつ来るん?」

唯の質問に、高瀬は悩む。

自分は、唯とどう向き合っていけばいいのだろうか、と。

由利の代わりなんかじゃない。

そんなことは分かっている。

でも、現実を返せば、唯と付き合うことは皆無に近い。

そんな自分が、唯の最初の男になるなんて都合の良い話しだ。

だから、このまま何もせずに別れた方がお互いのためなのだろう、と。

でも、それは単なる言い訳に過ぎない。

自分は、意気地なし。

ただの、意気地なしだ。

世間体や人の目ばかりを気にするだけの臆病者。

愚か者。

ずっと黙ったままの高瀬に、唯はまた聞いた。

「浩ちゃんは、アタシのこと嫌いなん?」

「そ、そんなことは、ないよ……」

高瀬は、唯から視線をそらして答えた。

「アタシ、浩ちゃんだからいいと思ったんよ。それだけは、分かってほしいんよ。ママだって、きっと分かってくれるはず。ママの愛した人だから。だから、アタシも初めての人を忘れたくないの……。ねぇ?浩ちゃんの迷惑になるようなことは、絶対にしないから。付き合って、とかも言わない。ただ、今だけアタシを愛してほしい。ママを愛したように、アタシを抱いてください……」

唯にそこまで言わせてしまうことに、高瀬は自分を恥じた。

けれど、自分はそこまでの男なのだろうか、とも思う。

唯に相応しい男は、きっと他にいるはずだ。

なのに、唯のことを誰にも渡したくない。

それは率直な気持ちだった。

でも、この恋を成就するには、果てしない道程が待っているだろう。

気が遠くなるほどの未来。

やっとそこに辿り着いたからといって、二人に明るい未来が待っているかといったら、それは分からない。

保証もない。

だからといって、唯が望むようにこの場限りの関係を築いたとしても、唯が傷つかないはずがない。

いつか、後悔する日が来るかもしれない。

そう考えると、どちらにしても唯の心に傷を作ってしまうのは明白である。

もっと早くここに来ていたなら、何かが違っていたのだろうか。

いや、ここに来なければこんな思いなどしなくても済んだはずだ。

こんなふうに悩まずに。

そう、こんなふうに迷わずに済んだはずなのだ。

でも、自分は何かに引き寄せられるようにここに来てしまった。

それは、やはり自分の意志なのだろうか。

いや、これは由利の復讐なのだろう。

由利を傷つけた、俺への復讐―――。

なんて、そんなはずはないか。

そう高瀬は、すぐに思い直す。

こんな時にもかかわらず、まだどこかへと逃避しようと自分は考えている。

そんな愚かな自分に、高瀬は自嘲した。

「唯……」

未だ結論の出ない高瀬の躰に、唯がしがみつく。

「やっぱり、アタシじゃダメなん?アタシじゃ、ママの代わりのもなれないんやね……」

「唯……?違う。違うよ、唯。君はママの代わりだなんて、俺は思ってはいないよ。ただ、本当に俺でいいのか、って思って」

唯が涙を浮かべ、高瀬を見上げた。

泣くのを我慢しているのだろうか、唇が小さく震えていた。

「いつか、君は後悔する日が必ず来るはず。それに、俺は唯に相応しい男でもない。何十年もママを苦しめてきた男だ。そんな男に抱かれて、唯は幸せだと思うのかい?」

「後悔するとかしないとか、幸せか幸せじゃないかなんて、アタシが決めることなんやないの?違うの?っていうより、もしかして浩ちゃんが怖いんじゃないん?」

「な、何をだ?」

「アタシの向こうに、ママが見えるから」

唯の言葉を聞いて、高瀬はしがみついていた唯の腕を振り解いた。

そして、ベッドへと押し倒した。

唯が短い悲鳴を上げる。

けれど、高瀬は構わず強引に唯の唇にキスをした。

硬く閉ざされた唇に、高瀬は無理矢理舌をねじ込みこじ開ける。

唯の甘い吐息が聞こえたような気がした。

いや、すすり泣く声だったのかもしれない。

本当は、もっと優しく唯を抱いて上げたかった。

それなのに、あらゆる感情がトロトロと溢れ出し、心も躰も我先よと走り出す。

自制心がきかない―――。




作品名:Neverending Story 作家名:ミホ