Neverending Story
「5月10日。晴れ。私はまた忘れ物を見つけに、あの場所に行ってしまった。パパも唯もいるのに、どうしてもあの場所に行ってしまう自分がいる。でも、だからといって過去をやり直そうとは思っていない。ただ、もし逢えたなら、私は幸せだよ、と伝えたいだけ。そして、今日、浩君を見ました。何十年ぶりだったのだろう。変わっていなかったから、すぐに浩君だって分かった。一緒にいたのは奥さんなのかな、仲睦まじく砂浜を歩いていた。幸せそうだった。そして、あの手紙に縛られているのは私だけだったことと、それをどこかで期待している自分が恥ずかしくなった。でも、逢えて良かった。話すことは出来なかったけど、幸せでいてくれたことに私は本心から嬉しく思う。もう、過去に縛られなくてもいいんだね。もう、過去から解放されていいんだね。もう、想い出にしてもいいんだね。浩君。。。」
「ゆ、由利……」
そう呟き、高瀬は掌で唇を覆ったまま言葉を失った。
全身の力が消え、立っていることさえやっとだった。
何気なく書き綴った最後の手紙。
それは、自分が傷つかないようにと、自分を慰め納得するようにと書いたもの。
その手紙を由利はずっと持っていた。
どうしてなのかは分からない。
でも、過去に縛られていたのは自分だけじゃないということ。
そして、その独り善がりな想いが、彼女を、いや、その家族をも巻き込み傷つけていたのだということ。
そのことを由利の娘から聞くとは、なんの因果なのか。
もしこれが唯の復讐であるなら、高瀬はその報復を素直に受け入れようと思った。
ひとつの恋に終止符を打つことの出来ない情けない男なのだから、何を言われても何をされても仕方がない。
それだけのことをしてきたのだから。
「浩ちゃんは、今幸せなん?ママは、ずっと幸せだったんよ。私のパパは優しい人だから」
唯の質問に、高瀬は戸惑う。
幸せか、と問われれば幸せの部類に入るのだろう。
気持ちとはよそに、はたから見た今の自分は幸せそのもの。
この歳で恋も出来た。
家に帰れば、これから復縁をする章子が待っていて平穏な生活が待っている。
仕事も、不景気ながらそれなりに忙しい。
何一つ文句は無い。
いや、文句を言える立場ではない。
けれど、ずっと逢いたかった由利が亡くなっていた。
由利に逢ったからといって、どうこうなるとは思わない。
それに、彼女もそれを望んではいないだろう。
ただ、逢いたかっただけ。
ただただひと目だけでも逢いたかった。
本気で愛した人だったから。
だから、もう由利に逢えないことだけが悔しい。
なのに、由利の分身が目の前にいる。
唯は由利に似ていてとても美しい娘だ。
高瀬が唯に惹かれるのはやはり必然のことで、それを無理に打ち消そうとしても心の奥底でその想いは溢れるばかり。
抑え切れない。
けれど、その想いは情愛からくるものか、それとも単なる愛情からくるものなのか。
そして、高瀬はふと疑問に思う。
「ねぇ?浩ちゃんは幸せなん?」
唯の質問になかなか答えようとしない高瀬に、唯は不安な表情を浮かべた。
そして、高瀬に抱きついた。
「唯……」
自分にしがみつく唯に、高瀬はどうしたらいいものかと迷う。
抱き締めたい。
強く唯を抱き締めたい。
でも―――。
作品名:Neverending Story 作家名:ミホ