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Neverending Story

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「アタシね、アタシのママ……、ママね、3年前に亡くなったんだ……」

唯が静かに喋り始めた。

でも、視線は窓に向けたままで、独り言のようだった。

高瀬は、そんな唯の横顔を見つめた。

けれど、すぐさま目を閉じ音楽を聴くように唯の言葉に耳を傾ける。

「ママね、パパと結婚する前に、好きな人がいたんだって。でも、遠距離になっちゃったから、別れちゃったんだって。ありきたりな話しだよね。でもね、亡くなる前に、もう一度だけその人に逢いたかったな……、って娘のアタシに言うの。うちのママ、ヘンでしょ?」

唯が無理に笑った。

そして、話しを続ける。

「アタシ、ママにどうして?って、聞いたの。そしたら、今、自分は幸せです、って、伝えたいんだって。そして、あなたもずっと幸せでいて下さい、って言いたいんだって。でもね、アタシ思うの。別れちゃったんだから、そんな過去の人なんてどうでもいいじゃないん、って?私達がいるんだし。それに、もう昔のことなんやから……」

唯のなめらかたっだ口調が、語尾に近づくにつれ震える。

そんな唯に、高瀬は何を言ってあげたらいいのか分からずに、暫くやめていたタバコを咥え、マッチで火をつけ深く深く息を吸った。

尾道に来てから吸い出したタバコの味は、美味くも不味くもなかった。

ただ、この場からの逃げ道にすぎない道具。

ただそれだけ。

「初恋って、忘れられないんのかな……。ねぇ?浩ちゃんも、そうなん?」

半分ほど吸ったタバコを消して、高瀬は考える。

いや、考えたふりをした。

ずっと忘れたくて忘れたくて、でも忘れられない過去の想い出達が走馬灯のように現れては消える。

葛藤は常にそこにある。

でも、知らないふりをしてきた。

はずなのに、なのにどうしていつも自分の邪魔をするのか。

愚かさ故の未練は、永遠に消えることはないのだろうか。

だから、沸々と滾る小さな灯火が、今炎を揺らめきながら燃えさかろうとしている。

それは消しても消しても、いくら消しても消えることのない恋火。

初恋―――。




「一概には言えないけれど、どんな恋でも忘れられないと思うよ。特に初恋になると、特別なもので歳を重ねるごとに綺麗になっていく。たとえ酷い別れ方をしたとしても、時間がそれをすり替えるんだ。だから、君のママが、その人に逢いたい、って思うことはとても自然なことだと思うよ。きっと君も、ママの歳になれば分かるはずさ」

「そうなのかな……。初めての恋って、そんなに忘れられないものなのかな」

「今まで、いなかったのかい?本気で好きになった人?」

「それなりに、かな……」

「そう。じゃ、いつか分かる時がくるはずさ。いつかね」

君が忘れられない男って、どんなヤツだ?そう聞きたくなる衝動を堪える。

感情の昂ぶりを抑えきれない自分が、どうかなりそうで怖かった。

今日に限って心が不安定で、でもその原因は今日という日付でもあることに高瀬は気づいていた。

「今日、5月10日よね?」

「あ、あぁ……。それがどうかした?」

「別に……、たいしたことじゃないけど……。ふと思い出したから」

「何を?」

「んん……。ママがね、その人と出逢って、そして別れた日なんだって。何十年経っても、そんなこと忘れずにいられるなんて、よっぽど好きだったのかな、ってさ……。娘としては複雑だよね。パパが一番好き、って言ってても、でもそのどこかにその人が忘れられないだなんて。なら、別れなきゃ良かったのにね。遠距離ってそんなに大変なのものなん……?」

「さ、さぁ……。でも、君のママとパパが出逢わなかったら、君がこの世に存在しないわけだし……」

唯の何気ない言葉に、高瀬は気が遠くなりそうになる。

話しがあまりにも出来すぎている、と言ったら大袈裟なのだろう。

けれど、それを今この場所で、この時点で、点を線を結んでしまっていいものか、と迷う。

目の前にいるこの娘は、いったい何者なのか。

この娘は何を言っているのか。

「さぁ、どうなんだろう。もしかしたら、アタシ、その人の子供だったりして」

そう言って、唯が悲しげな表情で笑った。

「ま、まさか……」

と言って、高瀬も無理に笑う。

「そ、それで、あ、あのさ?マ、ママの名前は…、なんて言うのかな……?」

「どうして?」

「い、いや、ただなんとなく聞きたくなっただけだから、イヤなら別に言わなくてもいいよ」

「ユリ。百合の花じゃないよ。自由の由に有利の利」

「き、君……」

高瀬が立ち上がる。

それにつられ、唯も立ち上がった。

今日の唯の雰囲気がなんとなく違って見えたのは、服装のせいなのだろうか。

いつもはカジュアルな装いなのに、今日に限って花柄のシフォンのワンピース姿。

由利が好む服装だ。

それに、そういうスタイルが良く似合っていた。

ふと高瀬はこの状況下の中、唯と由利を重ね合わせた。

沸々と燃える小さな灯火。

その炎が揺らめいた。

「ずっと待っとったんよ。浩ちゃんがここに来るのを」

「な、なんで……?」

「ママの夢を叶えてあげたかったから」

「夢?」

「ねぇ、知ってるん?5月10日に、ママが毎年あの場所に行っていたことを。浩ちゃんと別れたあの場所に」

「………。」

「アタシ、ずっと不思議だったんよ。なんで、毎年同じ日にママがあの場所に行くのかが。ママに聞いても、忘れ物を探しに、としか言わないし。パパに聞いても、いいんだよ、としか言ってくれないし……」

「………。」

「でもね、分かったの」

「な、何を?」

「ママが亡くなって色々と整理をしていたら、見つけたの。ママの大切な想い出を」

「………。」

「月日が経って、もしお互いがやり直したいと思った時、あの時別れた場所でもう一度最初からやり直そう。本当に運命の相手なら、きっといつか逢えるはずだから。だから、その時までこの恋を終わらせることを許してほしい。僕の我が侭で、君を傷つけているとは分かっている。でも、これ以上お互いを嫌いになったり、傷つけ合ったりすることは避けたいんだ。だから、本当にすまない。僕の勝手な理由で。決して、君を嫌いになった訳じゃないから。僕の問題だから。本当に、ごめん」

抑揚のない唯の言葉が、高瀬の心に容赦なく襲う。

でも痛みはない。

いや、痛み以上の苦痛が高瀬に襲い掛かり、それらの痛みを消し去ったのである。

唯の言葉は途切れることはなかった。

何度も読み返したのだろう。

由利が残した想い出達を。

スラスラと無感情のまま、唯の唇から零れ続けるのだった。
作品名:Neverending Story 作家名:ミホ