Neverending Story
「浩ちゃん?ねぇ、ってば〜」
物思いにふける高瀬を、唯が現実の世界へと引き戻す。
いつの間にか高瀬の背後に回った唯が、高瀬の背中に小さな氷を落としたのである。
「つ、冷たっっっ!!!」
慌てた高瀬は、即座に立ち上がり背中にあるはずの氷を払う。
けれど、それはもう液体になったらしく、氷のカケラはどこにも見当たらなかった。
「な、何するんだよ〜」
「それは、こっちのセリフだもん」
ムッとして怒る高瀬に、唯もムッとする。
「な、何が?」
唯のちょっとしたイタズラ如きについムキになってしまった自分が急に恥ずかしくなって、高瀬は座り直してからビールを一口飲み、そして息を吐いた。
「だって、何度も呼んだのに、全然返事してくれないし。何考えとったん?彼女のこと?」
「か、彼女?な、なんで、急にそんなことを?」
高瀬は、唯を暫く見つめてから、クククッと口を押さえ声を出さずに笑った。
「な、何がおかしいん?ひど〜い」
唯がムッとして、グラスに入っている氷を高瀬に向かって投げ付ける。
「ご、ごめん、ごめん。だって、君が僕に嫉妬するなんて、って思ったら急におかしくなってさ」
アハハッ!と笑う高瀬に、唯は更に逆上する。
グラスの氷がなくなると、次にテーブルに置いてあったお菓子を投げ付けたのである。
けれど、それもすぐなくなり唯は辺りを見渡した。
「もう、気が済んだだろう?手に持っている物を、置いてくれないか?じゃなきゃ、こんな俺だって無傷(むきず)じゃいられない。だろう?」
興奮した唯に向かって、高瀬は両手を上げながら穏やかに話した。
唯が浅く息を吐く。
そして、高瀬に言われたとおり、手に持っていたガラス作りの灰皿をテーブルに置いた。
それを見た高瀬は、ユックリな動作で散らかった部屋を片付け出した。
その様子を見ていただけだった唯も、ごめん……、とポツリと言って足元に落ちていたお菓子を拾う。
「で?俺に、何を聞きたかったの?」
片付けを終えた高瀬は、冷蔵庫から冷えたビールと唯のためのカクテルを取り出し渡した。
「なんでもない……」
「なんでもなくないだろう?じゃなきゃ……」
あんなふうに暴れないだろう、と言いそうになるのを堪える。
「だって、今日の浩ちゃんなんかヘンなんだもん。ボーっとしてるっていうか、なんか心ここに有らずっていうか……。アタシといて、楽しくなかったん?」
「い、いや、そんなことはないよ。楽しかったよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、この楽しい時間も、永遠には続かないんだよな……、なんて思ったらさ、急に淋しくなってさ……」
アハハ、と無理に笑って、高瀬は閉め切っていたカーテンを少し開け、窓を覗いた。
部屋の明かりが邪魔して、そこから見えるはずの綺麗な夜景が良く見えなかった。
それでも、高瀬はそれを見続けた。
躰の奥底で静かに滾(たぎ)る情火が、鎮まるのを待つために。
「なんか、今日の浩ちゃん、らしくない」
「らしくない、か……。そうだな……」
高瀬は、フッと息を吐いた。
そして、窓に映る自分を見つめる。
「ここに、長くいすぎたのかもな。じゃなきゃ、そんなことを思わなかったのかもしれない」
「じゃぁ、アタシと出逢って後悔してるん?」
「んん……、そうだな……。広い意味で、後悔してる」
「何よ、それ〜。ひっど〜い!」
「いい意味でだよ。また、すぐ怒る。そんなんじゃ、男の子にモテないよ?」
興奮して立ち上がった唯に、高瀬は、まあまあ、と宥めるよな仕種をして唯を落ち着かせた。
「モテなくていいもん。別に」
フンッ、と拗ねて、唯が椅子にドスンと座る。
そして、高瀬が開けっ放しにしたままの窓を眺めた。
静寂が二人を包む。
時より、誰かが廊下をパタパタと歩く音がするだけ。
居心地が良いのか悪いのか分からない。
ただ、高瀬はこの空間を暫くの間、味わいたかった。
もう、こんな時間は二度と味わうことはないのだ。
だから、しっかりとこの目で、この心で、この躰で感じていたい。この記憶に刻みたかった。
二度と忘れないように、と―――。
作品名:Neverending Story 作家名:ミホ