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御堂さんちの家庭の事情

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 ぷりぷり怒鳴り返して、あたしが歩く速度を速めてママを追い越したら、ママは後ろできょとんとしたあと、不意に考え込む表情で頭をかいた。
「……あー、そうか。そう言う可能性もあったんだな、そう言えば……そんな人がいたらあれだねえ、奥さんの地位が危ういかなぁ」
 どうしよう、なんて今更心配そうに言うもんだから、あたしはなんだか意地悪な気分になってそっぽを向く。
「知らないわよ。奥さんらしいことをなんにもしてこなかったママが悪いんだから」
 パパのところで暮らすことになってから泣きべそかいたって知らないってあたしがあっかんべーしたら、ママは「冱は意地悪だなぁ」なんて、とほほって感じに肩を落としたあとで、笑った。
「そっかー……そうだよねぇ……まぁでもさ。冱が言うことも尤もだなあって思うんだけどさ。お父さんが愛人を作ったりなにしたりって、そういうこと、実はあんまり心配はしてないんだよねぇ」
 妙に確信めいた言いかただった。
 あたしは思わず怪訝に肩越しにママを振り返る。
「心配してないって、本気で?」
「うん」
「どうしてそう自信たっぷりに言い切れるのよ。ママ、パパの奥さんらしい事なんて何にもしてないくせに」
「だってそうなんだから仕方ないじゃん。奥さんっぽいことは確かになんにもできないし、してもいないけど」
 あたしが呆れて聞き返したら、ママは笑顔で自分の顔を指差した。
「それでもあたしはお父さんの奥さんだもの。お父さんが仕事でどんな人と何しようが、お父さんはあたしのものだって思ってる。あたしが死ぬまでは絶対」
 やっぱり妙に自信ありげに言うから、あたしは思わず立ち止まる。
 ママを見上げて、聞いてみる。
「……それ、パパを信じてるってこと?」
「そりゃ信じてるよ。嵐と冱と巽のお父さんだし、何より自分の旦那さんだもの」
 今更だなぁ、ってママも立ち止まって、ちょっと笑った。
 あたしを見下ろす、俯く動作につれて、ママの髪が揺れるのをあたしも見ていた。
「あたしの全部がお父さんのものだって事と同じように、あの人は髪の毛一本から爪の先、血の一滴に至るまで全部、あたしのものだよ。お父さんがどこで何をしてても、たとえどんなに離れてたって、関係ない。家族だもん。皆一緒に生きてると思ってる」
 口調は柔らかいけど、いつになく静かで真面目に喋るママが、なんだか別人みたいだった。
 冗談なんかじゃない、真剣な。

「そう思ってなかったらこうやって十年も、離れて暮らしてなんかないなぁ」

 あたしたちが生まれる前からパパとママが歩いてきた年月を、ほんの少し、実感した。

「……解ったわ。ママ、今あたし相手に惚気ただけでしょう」
 ママの言葉の後。ほんのちょっと沈黙してから、あたしはわざと半目にママを睨みながら言った。
 自分の親をちょっと凄いと思ってしまったなんて(しかもよりによってママを!)、なんだか恥ずかしくてごまかしたくなってしまったのだ。
「ええ?惚気てなんかないよ。質問してきたのは冱の方じゃん。なんで怒るのさ、わかんないなぁ」
「そういうのを惚気って言うのよまったく。ああもう、親の惚気なんて聞いて損した!!」
 不満そうに唇を尖らせたママに言い返して、あたしはずかずか乱暴に足を速めた。勢いのまま家の門をくぐる。
 ママは後ろでちょっときょとんとして、それから笑いながらゆっくりとした足取りであたしの後を追って来た。
「あ、冱。おかえりー」
「お帰りなさいませ小姫様……おや、奥方様はどうなされましたか」
「もうすぐ来るわよ。それより終わったの、そっちは」
 庭先では、巽とガルちゃんが協力して家具の下敷きにしてたダンボールを片しているところだった。家の中ではお兄ちゃんが必死に家具を動かしているらしい、がたがたって音が聞こえる。
 あたしが聞いたら、巽は笑顔で頷いた。
「うん、もう終わりだよ。今兄さんが家の中片してるけど、そっちももうすぐ終わりそう……あ、お母さん、お帰りー」
「あー、ただいま巽、お手伝いご苦労様ー。巽のはね、ヒレカツ弁当買って来たよ。嵐にはスタミナ弁当ね、今日は疲れただろうし」
 巽の言葉で振り返ると同時にのんびりした声がして、見ればたらたら門をくぐって庭に入って来たママが、得意そうにお弁当袋を巽に向かって差し出しているところだった。笑いながら「お母さんにしては気が利く選択じゃない」なんて受け取る巽を尻目に、あたしはさっさと玄関に向かう。
 知らないって事は幸福ね、ほんと。
 そんなことをちょっと思いながら、玄関に入る前に肩越しに振り返って見たママは、もういつものママの、ちょっと子供みたいなあどけない笑顔だった。





■■■





 床暖房の工事費は詳しく聞かなかったけど(お兄ちゃんが渋い顔してたから、多分相当高額だったんだろう)、中々に快適だった。
 ママは大喜びで、お弁当の夕飯を食べ終わった後、「今日はリビングに布団を敷き詰めてみんなで寝よう」なんて言い出した。暖かそうだったし、あたしも巽もそれに賛成したので、お兄ちゃんは渋々リビングのテーブルを片して、そこに布団を敷きつめた。
「寝る時はちゃんと電気消すんだぞ。テレビもな。解ったか」
「うん、解ったーって、嵐、どこに行くの」
「え、何処に行くって自分の部屋……」
「えー、なんで自分の部屋なんかに行くのさ。一緒に寝ようよ、ここで」
「な、なにバカ言ってんだよ!」
「バカなんて何も言ってないじゃん。昔は一緒に寝たのに。っていうか、クリスマスはね、ほんとは家族と過ごす日なんだよ。だから一緒に寝ようよ」
「何年前の話だよっ!この歳になって親と一緒に寝れるかっての!大体今日はクリスマスでもなんでもねーし、つーか二十歳過ぎた息子と一緒に、四十過ぎた母親が寝ようとするなーーッ!」
「自分が産んだ息子と一緒に寝て何が悪いのさ。変な嵐だなあ、もう」
 言い張るママに、常識は通用しない。
 結局お兄ちゃんはママに引きずり倒されるみたいに布団に強引に引っ張りこまれて、渋々そこで寝ることになった。
 渋々の割には、ママにお休みのキスをされて「ちっさい頃を思い出すなァ」なんて照れてた辺り、多分まんざらでもないんだと思う。
 あたしと巽は、お兄ちゃんが珍しく「いいよ」と言ったので、リビングの大きなテレビにゲーム機をつないで、ゲームをしてから寝ることにした。
 床暖房は思った通りの暖かさで、ふとんがまるでおこたみたいだった。それはものすごく眠気を誘う暖かさで、さっきまで聞こえてた話し声が聞こえないと思って見てみたら、ママとお兄ちゃんは一足先にさっさと気持ちよさそうに眠っていた。
「やや、奥方様も一若様も、今宵はお早いお休みで」
 普段は外の犬小屋に一匹で寝てるガルちゃんも、「勿体のうござりまする!」なんて遠慮するのをせっかくだからと、無理やりあたしたちの布団の中にひっぱりこんで、今日はあたしと巽の間で恐縮しながらぬくぬくと丸くなっていた。
 首を伸ばしてお母さんとお兄ちゃんの顔をそうっと覗き込み、「熟睡でござりますなぁ」なんて小さな声で言うのに、あたしも巽も顔を見合わせて苦笑いする。
「ほんと。ママったら、いつもはもっと宵っ張りなのに、珍しい」