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御堂さんちの家庭の事情

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 お父さんに早く会いたいなあって、ママの拗ねた口調が、本当にそう思ってるんだって隠そうともしない響きだったので、あたしはちょっと面白くて笑った。
 それから顔を上げて、ママの横顔を見上げる。
「……ねぇ、ママ」
 呼んだら、ママは笑顔であたしを見下ろした。
「ん?」
「やっぱり、パパと暮らしたかったりする?」
「……いきなりどうしたの」
「別に。ただなんとなく気になって」
 あたしが聞いたら、ちょっと渋い顔をしてママは黙り込んだ。
 考える表情でしばらく顎をなでてから、ゆっくり頷く。
「そりゃね。でも今はまだちょっとなって思うから、別に。……そうだなー。冱と巽が小学校卒業して、嵐の就職が決まったらお父さんの所に行ってみようかなとは思うけど、ちょっと期待してることもあるし」
「期待してることって、毎日パパのご飯が食べられるとか?」
 そりゃパパのご飯は美味しいけどってあたしが笑うと、ママは笑顔で、でもきっぱりと首を横に振った。
「違うよ。そんなことじゃなくて……ちょっと言いにくいんだけど、一緒に居られるようになったらね?少しはお父さんも仕事減らしてくれるんじゃないかなぁって」
「サラリーマンが仕事減らしてどーすんのよ」
 あたしが呆れたら、ママはさらりと首を横に振った。
「や、そっちのお仕事とは違うやつ。ホストクラブの方」
「…………」
 パパは、そのことだけは本当に必死で隠していた。
 家の中には絶対そんな裏商売をしてるなんてことは持ち込まなかったし、証拠だって残さないようにいつも涙ぐましいくらい徹底していた。半分だけとは言え、同じ吸血鬼であるお兄ちゃんやあたしたちがそのことを知ってるのはある意味必然だけれども(だって「匂い」で嫌でも分かっちゃうから)、「ママにだけは絶対に、絶対に知られたくない」ってパパが壮絶な顔で言うのも当然だと思っていたので、兄弟間の内緒話でもそのことを口にするのは絶対の禁忌だった。ある意味、家の中で一番硬く守られている決まり事だと言っても過言じゃない。
 それなのに今、ぽろっとママの口から出てきたその一言に、あたしは暫くの間絶句してしまった。
 次の言葉が口を突いて出てくるまで、本当に頭が真っ白になった。
「……ママ、気付いてたの」
 やっとのことであたしが聞いたら、ママは「お父さんと嵐と巽には内緒ね」なんて、人差し指を唇にあてて暢気に笑った。
「冱だから言うんだよ。でも気付いてないと思ってたでしょ。ふふ、あんまり甘く見ないで欲しいなあ。お母さんだってそんな、バカでも鈍くもないですよーだ」
「正直ちょっと甘く見てたわ……いつから気付いてたのよ。知ってて黙ってるなんて、詐欺じゃない」
「んー、いつって言われても困るんだけど、そうだなあ、嵐が生まれるちょっと前ぐらいからかなぁ。っていうか詐欺ってなんだよ、詐欺って。ただ黙ってただけじゃん。幾らなんでも気がつくって、家族なんだから」
 と、いうことは、ママはお兄ちゃんも巽もあたしも、なによりパパがじっと口を閉ざして必死で隠してる秘密を、もう二十年以上も前から知っていたということだ。
 あたしが思わず呆れて、知ってるって事パパに言ってあげればいいのに、と言ったら、ママは笑いながらぱたぱた手を横に振った。
「まさか。言えないよこんなこと……大体事情が事情だっていうのは解ってたし、お父さんが何の心配してるかってこともわかるから、知らない振りをしてあげるのが一番いいの、こういうことは」
「そういうもんかしら……ちゃんと説明してあげれば、パパだってずいぶん気が楽になると思うんだけど」
 違うの?ってあたしが聞いたら、ママは珍しく困った顔をした。
 それから「なんて説明したらいいのかなぁ」なんて呟いて、頭をかいて、ちょっと黙り込んで。
「そりゃたまには全部知ってるんだよって言おうって思う時もあるよ。顔も名前も知らない、しかもお父さんにとっては仕事なんだって解ってる相手に、全然嫉妬しないってわけじゃないし。あたしが一緒に居られないときに、お客さんとは一緒にいるんだなーとか思うと、さすがにねぇ……でもそんなこと言っても、お父さんが困るだけでしょう?辞めて欲しいって言うことはさ、つまり冱に『ご飯を食べるな』って言ってるのと同じようなもんなんだし」
 だから黙ってたんだ、と、口を開いたママはやっぱり困ったみたいな笑顔のままだった。
 なんだか複雑な顔で、そんな顔のママは、正直初めて見た。
「……ねぇ、ママさぁ。ちょっと聞いてもいい?」
「ん?いいよ。なんか今日は質問が多いね、冱」
 お弁当の入ったビニル袋を持ち直して、あたしはママの顔から視線を外した。
 あたしが聞くと、ママはお弁当袋をぶらぶらさせながらダウンジャケットのポケットに手を入れて、さっきまでの複雑そうな表情のまま、ちょっとだけ笑う。
「ママがいきなり秘密をばらすからよ。……あのね?別々に暮らそうって決めたの、パパなんでしょ?ママ、その時反対とかしなかったってお兄ちゃんに聞いたんだけど、ホントなの?」
「んー?うん、ほんとだよ。別に反対はしなかった、かなぁ?」
 お兄ちゃんから聞いたことを確認したくてあたしが言ったら、ママは首をかしげた。
 曖昧な答えに、あたしはちょっと眉間に皺を寄せてママを見上げる。
「でもママ、パパの仕事だって知ってたんでしょ?パパがしょうがなくとは言えそんな仕事してて、仕事とはいえ他の人に「好き」だの「愛してる」だの言ってる間に、パパにママの他に好きな人ができたりとか、そーいうの心配しなかったの?」
 あたしの矢継ぎ早の質問に、ママはちょっと面食らったような顔をした。
 それから「ちょっと考えるから待って」なんてものすごく渋い顔をして顎をなでたので、あたしは思わずがっくり肩を落として額を抑える。
「あたし、そんな悩むような質問した?」
「っていうか、どう答えたものかと思って……えーとね。そりゃ一緒に居たかったけど、背に腹は変えられなかった、っていうのが正しいところかなぁ。寂しいなとは思ったけど。別々に暮らすって言ったってゼッタイ逢えないってワケじゃないし。それに嵐や冱や巽に万が一なにかあったらって、そう思う気持ちはお母さんもお父さんも一緒だったしね。大体離れて何か変わることがあるとは思えなかったし、心配することなんて何にもないやって思ってたから気にすることもなかったかなあ……ああ、でもそうか、冱もそう言うのが気になる年頃なんだねえ」
「思い出したみたいに子ども扱いしないで!」
 大きくなったねぇ、なんてしみじみママが頷いたので、あたしが面白くなくて一声叫び返したら、ママは今度はものすごく楽しそうに声をあげて笑った。
「思い出したも何も、冱は最初からお母さんの子供でしょ。変なことを言うねえ」
「精神的には絶対ママより大人なつもりなんだから、ほっといてって言ってるの!……っていうかね、なんでそういうの気にならないのよ、ママ。普通、気にならないほうがどうかしてんのよ?今だってママよりパパの近くに居て、パパの周りでパパの世話焼いたりしてまとわりついてる女が居ないとも限らないのに。「妻」って地位に胡座をかいてるだけじゃダメなんだから」