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移ろいの中で (1月9日 追加)

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トンボ

喫茶店の窓ガラスの向こうには、下校中の数人の女子高生がスマートフォンを握り楽しげに会話しなが前を過ぎていく。歩道の脇に植えられた街路樹のアメリカフウは赤く色づき、折からの風に吹かれはらはらと舞い落ちていた。その葉っぱが重なり絨毯のようになった歩道を臙脂のダウンジャケットを着てストライプのカシミヤマフラーをくるくると巻いた、ロングヘアーの女性が風に向かって自転車を漕いでいくのを、出されたばかりのコーヒーを飲みながら男は眺めている。
 とんぼか・・・
男性はふとその女性が乗っていた自転車が目に止まった。マルーンのメタリックの折たたみの自転車についているハンドルは60cmほどのパイプを少し曲げた通常トンボと呼ばれるもので、自転車を上から見たとき蜻蛉の形に見えることからこの名がついたのだろうか。

彼はこのトンボには思い出があった。

それは彼が中学に入学する際のことである。小学校卒業が近づくと中学の入学に向け、同級生は自転車を買ってもらっていた。当時カワムラダイバーと呼ばれる錆に強いとCMされた6段変速の自転車が流行っていて、彼の同級生はそれを買ってもらい、荷台の横には通学鞄を入れる折りたたみ式の金属製かごを取り付けていた。その頃の自転車は今と違い、結構な値段がしていたが子供が中学入学するとなると最低でも6年は使うから親はいいものを買い与えていた。

彼はというと金が無いので自転車を買ってもらうといってもそんな最新型など買ってもらえるわけが無い。さりとて通学には数キロの道のりがあり、バスも無ければ電車も通っていないので、どうしても自転車が必要となる。親もそれは分かっていて何とかしないといけないと感じていた。

当時自転車屋というのはそこここにあり、彼の自宅の近くにもそれはあり、散髪に行った帰りその店を覗くと、一台の型落ちした自転車を見つけた。それは濃いブルーのメタリックの車体にトンボがついたブリジストン製5段変速の自転車だった。おじさんに値段を聞くと、新車ではあるが型落ちしてたので最新型と比べると破格に安かったので、自宅に帰ると母親に「あそこに青い自転車があるけど・・・あれ買ってもらえないかな」とお願いする。母親もそれならとそれを買い、彼はめでたく無事新車自転車に乗り中学へ通学することになった。当然彼も通学かばんを入れるかごを荷台横に取り付けバックミラーもつけてもらっている。
さて新学期、中学校の自転車置き場にはそれは見事に綺麗に磨かれた、最新式の自転車が綺麗に並んでいた。その殆どはセミドロップと呼ばれるハンドルを上につけたものだった。彼の学校はドロップハンドルは視界が狭くなり危険だという理由で禁止されていた為、男子生徒は全員わざわざそれを反対に着けアップハンドルとしていたのである。今考えると実にこっけいな考えと、不思議な光景である。
その中にただ一台トンボがついているのが彼の自転車だ。ブルーのメタリックも彼しかない。今なら変わった奴だなと思われるだろうか、彼はそんなこと気にもしなかった。それより気になったのは、その自転車が良く壊れたことだ。ボルトを締めておいてもいつしか緩む、あれは外れ、これは外れ、一番ハズレはその自転車だと彼は思った。
「おれは大きくなってこのメーカーの自転車だけは買わないでおこう」そう感じるまでに弱かった。