Yと楽しい草の話
その日の授業終了後、直樹、東野、原、城也、野村、森田は、田所町へと続く道をだらだらと歩いていた。暇さえあれば勝手に集まる連中である。
今日も、近くの公園で野球でもやろうかという話になり、先に寺内から頼まれた用事を済ますべく今こうして隊列を組んでいるのであった。
ちなみに野村とは城也と同じ特進クラスの一員で、パソコンや機械関係に強いらしく、城也とはそれ関係でよく話すことが多いらしい。そして森田は六組の男で、見た目はいいんだが頭が空っぽなことで有名だ。よく適当に言いくるめられて直樹達の馬鹿に付きあわされたりしている。それでもこうしてつるんでいるのだから、この男情を大切にするのかそれとも本当の馬鹿なのか。
「はぁ~あっちぃなぁ」
「うえ、ガリガリ君がもう溶けてきた。原~ティッシュ持ってねぇ?」
「汗ふきシートでいいか?」
「俺、持ってるぜ」
「サンキュ~城也~」
「へぇ、東野の家の近所なんだ」
「あぁ。小学校くらいのときは一緒に帰ったりとかしてたんだけど、最近はあんまり話さなくなってさ」
「そんなもんだって」
東野は長岡家のインターホンを押してみるが、応答がない。
「留守かなー?」
「でもよ、鍵あいてるぜ?」
「わーっ!わーっ馬鹿馬鹿!原!住居不法侵入罪で訴えられるぞ!」
「いでででで!でもよっ!東野!中の様子がおかしいぜ!」
「あぁ?」
東野の肩の向こうに中を少しだけ透かし見た直樹は、一瞬にして顔を青くした。
「俺、トリコさんとハント行く約束思い出した」
「バカヤロー帰るんじゃねぇ!」
「いやだぁああああどうせ中に入ったら入ったで名状しがたい宇宙の真実とかに近付いちゃって皆が『あぁ!窓に!窓に!』とか言って発狂しちゃったりするんだぁああ!」
「落ち着けー!お前らクトゥルフ神話に脳みそ侵食されすぎだろぉおお!」
ギャウンギャウン吠える原や直樹を抑えつけながらも、東野は中を確認する。
そこは普通の一軒家の玄関先のように思われたが、床を這う謎の物体が目に飛び込んできて、あやうく東野も叫びそうになってしまった。が、彼も怖いもの見たさでドアを開ける。と、全員が玄関の中を覗き込んだ。
「これって・・・根っこだよな?植物の」
「こちらスネイク、偵察を開始する・・・」
「お前、メタルギア好きだな」
一応念のためお邪魔しまーす・・・と一言言ってから、全員が長岡家にあがりこむ。
中は比較的片付いており、床を根っこが這いまわっている以外はこれといって変わったところはない普通の民家だ。
直樹はこの根っこが二階へと続く階段から伸びていることを悟り、先頭を切って二階の階段を上った。なんだか怪談チックになってきてしまったが、登場人物全員の頭の上には春度の高い花々が、瑞々しく咲き誇っている。
「おいおい、大丈夫かよ」
「伊達にお前らとサバイバルゲームやってねぇよ。おい、どうやらあそこの部屋から伸びてるようだぜ」
「えぇ~行くのか・・・?」
「大丈夫だ。大抵のことは何とかなる。最悪死ぬってだけで」
「その理屈かなり無理あるな」
「そんじゃいくぜ!」
直樹は他五人の制止も聞かず、勢いよくドアノブを捻って開け放った。
そこには
「あっ、それこの間出たエロゲじゃん」
「目の付けどころそこかよ」
「うぉわぁああっ!なんだよ!お前らかよ!いきなりなんだよ!」
「一応お邪魔しますっつったかんな」
小太りでニキビの跡がまだ生々しい、長岡君は、アニメキャラのグッズがけばけばしく彩る部屋の中、少々いただけない感じのゲームにいそしんでいた。
「なんだよ!なんなんだよ!お前ら何しに来た!」
「あ、そうだ長岡、これ、寺内先生からの渡し物。こんどの文化祭で何やるか決めようと思ってんだってさ・・・ってなんだよ、俺たちの顔になんかついてるか?」
「お前ら・・・その頭・・・」
「ああ、これか?」
「突っ込んだら負けだぜ少年」
もう目の前に怒っている異常事態がどうでもよくなってしまった直樹達は、半ばやけくそになってへらへらしていた。
が、どうも長岡君の様子がおかしい。
「くくっ・・・ふはは・・・」
「おいおい、そんなにおかしいか?でもよー俺たちなんてまだいいほうだぜ、世の中には頭にラフレシアが咲いちゃって困っている人がこれまた面白くて面白く・・・」
「っはぁーーーーーっはっはっはっはぁああう!げっほげっほ、やったぞ俺!俺の計画は成功したんだーっ!やっぱり俺天才!」
「は?」
直樹達は目が点になった。
「はっはっはっはっは!まぁだわかってねーのかこのオタンチン共!これはなぁ、俺が禁止されたアレアレをなんやかんやして出来た悪魔の薬!これを飲んだ人間は頭からその者の頭の春度に見合った花を咲かせ、さらにその姿を嗤ったものにもなんやかんやでその者の頭の春度に見合った花を咲かせるという途轍もねぇ薬だったのさ!」
「「「「「「な、なんだってー!」」」」」」
「今!この人と人との関係性が異様に薄まった魑魅魍魎の跋扈する現代社会!人間は一人では生きていけない生物なのだ!なのに我々ときたら何だ?人と違った部分、個性を槍玉に上げてはちくちく突き刺して、はみ出し者を許さぬこの世界!そこで俺は考えたのだ、共通点が必要なのだ。この病みきって死に瀕した世界を、再びすばらしいものにするには!同じ県民である、日本人である、地球人である、そんななまっちょろい共通点を押しつぶさんばかりのインパクトを持った、妙な共通点!これだ!と思ったよそう、その頭の上のかなり馬鹿っぽいその花だ、人と人とがまた新たなつながりを見つけ出し、妙な共通点を持った人間同士としてまた新たな世界を作り上げていく!そんな世界を俺は望み、そして想像した!そしてそれは創造されたっ!イェー新世界!ノーボーダー!カップヌードル!うえっほげほげほ」
「やることも発想も中々いい奴なんだけど出る手段が最悪だよな長岡って」
「いるんだよそういう奴たまに・・・」
「しかも最後の最後でむせるっていうな」
「長岡ぁ、このクッキー食べていいー?」
「人んちのもん勝手に食うな!」
「おいおい、その理屈でいくとよ、俺たちにいつそのアレアレな薬を盛りやがったんだ?」
「ふん、簡単なこと。お前らみたいな貧乏人はどうせペットボトルのお茶も買えないような大貧民だろう。高校にこの間設置されたウォータークーラー、アレにちょいちょいと細工をさせてもらったのさ」
「ああ、確かによくお世話になってるな」
「大貧民とはなんだっ、コラッ!」
「なぁるほど、つまり薬を飲んじまった俺たちがいろいろな所に行って人に笑われることによってさらに被害者が増えるって寸法か、さすが長岡、優秀なテロリストだぜ」
「へっ!そもそもこの俺がどうしてこんなことをするに至ったのか?それは思えば俺がまだ純情な小学生だった頃・・・」
「あ、その話長くなる?もうその辺でいいぜ」
「なっ、貴様、俺の話はここから・・・!」
「はいーはい、兎にも角にもこの騒動の原因が突き止めれたから、俺は良いの。いい絵も撮れたしさ」
今まで一歩引いたところでずっと一部始終を見守っていた少年、野村は、不敵な笑いを浮かべながら隠し持っていた小型ビデオカメラをカバンから取り出した。
「お前、それ・・・!」